第29話 実演販売
「あんたらがいると迷惑なんだ、もう出てってくれ!」
普段から喧騒に溢れた街に、しかし普段とは違う類の叫び声が響いた。
初老の男性の、怒り慣れていない事が分かる金切声。しかしその声は、怒りだけでなく若干の悲しみも帯びていた。
「あんたらに家を貸したら、【鍛冶嵐】の奴らがわしの本業にまでちょっかいかけてくるんだ! 悪いとは思うが出ていってもらうぞ……」
「ええ、分かっていますよおじさん。ごめんなさい、本当にご迷惑をおかけしました」
「私達が払った今月分の料金も、返さなくていいにゃわん。お詫びとして足りるかは分からないにゃわんけど……」
「えっ、それは流石に……」
俺とレオナがしおらしく謝ると、初老の男性は少し慌てた。
しかし彼に迷惑がかかったのは確かなので、こちらがお金を払うのは当然の事だろう。
俺達が怒鳴られてしまったのには、もちろん理由がある。黒服の男を撃退した後、俺らが店を開こうとする度に【鍛冶嵐】のメンバーが妨害してくるようになっていたのだ。そのため良い貸家を見つけても、今のように追い出される事が多かった。
標的以外に迷惑がかかることも構わず、手当たり次第に被害を撒き散らす様は正に嵐のようだ。
追い出された貸家を後にすると、俺達はぐったりと項垂れる。
「これで4件目にゃわん? ここまで断られ続けると心が痛くなってきたにゃわん……」
「流石、他のギルドを全部潰してきただけはありますね……」
俺達は既に三度ほど同じように断られており、今回は四回目だった。
最初の三回は頼んだ段階で断られたからそこまで辛くなかったが、今回は途中まで上手くいってただけに心へのダメージが大きい。
テンペベロに出会うまでは、俺達はお金が貯まったらどんなホームを建てたいかとかを語って夢に浸っていられた。たとえただの夢だとしても、甘い気持ちを共有する時間はこれまでになく楽しかったのに。
最初は嫌なギルドくらいにしか思っていなかったが、俺達は【鍛冶嵐】への憎しみを募らせていた。
「でも、人にまで迷惑をかけるなら考えものだよな……」
「そうっすよね……。生産ギルドを始めることが出来たとしても、妨害がもっと過激になるのは目に見えてるっす」
許可を貰えと言っていた割に【鍛冶嵐】の本部にこちらから出向く方法は既に封じられていて、奴らは是が非でも新しい生産ギルドの発足を防ぎたいのが分かる。
【鍛冶嵐】への恨みはあるが、俺はそれ以上に、軽い気持ちで生産ギルドを始めようなんて言ってしまった事を後悔していた。俺のせいでこれ以上レオナ達が辛い目に遭うのは耐えられない。
「やっぱりもう、素直にやめた方が……」
「ダメにゃわん!」
言い出しっぺが打ち止めの決断を下すべきだと思い、俺は口を開いたが……。それを言いきる前に、レオナが彼女にしては珍しく激しい口調で言った。
「簡単に諦めちゃダメにゃわんよ。私達の思い描いた生活が、こんな姑息な妨害に屈していいわけないにゃわん!」
「あ、あぁ、そうだけど……」
「でもこのままじゃ、皆辛い思いをするだけじゃないですか?」
いつもと様子の違うレオナを心配して、フィラが少し青みがかった髪を揺らす。
それでもレオナは、断固として態度を変えなかった。フーッ、フーッと息を荒くして、肉食獣の様相すら呈している。
「そこまで言うなら……もしかして勝算があるのか? レオナ」
「そうにゃわん。お店を借りられないなら、道端で売るしかないにゃわん」
それは流石に信用されないだろ、と言おうとしたが、その前に彼女は身を乗り出して言った。
「実演販売にゃわんよ、ライア!」
喧騒にあふれた街に、先程ともまた違う新たなどよめきが生まれていた。
それもそのはずだろう。大通りの真ん中に、見たこともない装備に身を包んだ少女が堂々と立っていたのだから。軽さを重視したのでスタイリッシュに見える隋盾腕シールドアームと、背中から糸で吊るされた二枚の盾は特に観衆の目を惹いた。
「皆様お集まりいただき、ありがとうございますにゃわん!」
周囲の人は好奇心を刺激されてレオナを遠巻きに見ていただけなのが、彼女はそんなことお構いなしに観衆へと呼びかけた。
「私達は消耗品や武器を売る旅商人にゃわんから、皆様にも買っていただきたいのにゃわん!」
「にゃわんって何なんだ……?」
「何なんだ、にゃわんって」
観衆はレオナの語尾ばかりに気を取られているが、レオナ自身はとても冷静に見えた。もし俺達が生産ギルドなどと話せば【鍛冶嵐】のとばっちりを受けるかもと思って人は逃げていくだろうが、旅商人であればそう思われる可能性も減るからだ。
何かを焦っているように感じたので少し不安だったが、ここまで冷静なら大丈夫だろうか?
「旅商人って、何か珍しいアイテムでも売ってるのか?」
「この街の武具店って品揃え悪いし、ちょっと気になるな……」
「でも武器や防具は、あまり変なもの買いたくなくない?」
自分の身を守る武器や防具は、旅商人よりも信用のある武具店から買いたいのも確かだ。だからここで本当に物を売るには、普通とは違う強烈な宣伝が大事になる。
そこまで理解したレオナは、周囲を見回して――言った。
「皆様の不安はとても分かるにゃわん。だから私達は、ここで売る武器の力を見せようと思うにゃわん」
「見せるって、どうやって……?」
切れ味をちょっと見せたりするだけでは詐欺がしやすいし、そう簡単にお客様の心を掴むことは出来ない。魔物との戦いを見せるのが一番手っ取り早いが、もちろん街に魔物を呼ぶわけにもいかない。
だが、それを解決する方法はある。お客様にとって、勝てば絶対に信用してもらえる相手というのが存在するのだから!
レオナは笑顔で、観衆が驚愕するようなことを言い放った。
「お客様は今から三十分の間、いつでも私に攻撃してきていいにゃわん」
「え、ええっ!?」
「その攻撃を、私は商品を使って防ぎ続けるにゃわんよ。その様子を見てもし商品が欲しいと思ってくれたら、是非私達【夜明けの剣】から買って欲しいにゃわん」
レオナがそう言い切ると、辺りの観衆からより大きなどよめきが生まれた。
そりゃそうだ。いつでも攻撃してこいなんていう商人なんて、この街のどこにいるだろうか?
なんとなく見ていただけだった観衆達は一瞬で目の色を変え、レオナの動向から目を離さなくなった。少し珍しいとしか思っていなかった光景が、ちょっとしたお祭りになるかもしれないのだから無理もない。
「どこからでも攻撃して良いって……どんだけ商品に自信があるんだこの子」
「でも、獣人とはいえ女の子を攻撃するのは……」
「遠慮はいらないにゃわんよ。しかも最初に私の肌に攻撃を当てられた人には、賞金として3万ゴールドあげるにゃわん」
それが、決め手になった。
反撃される心配もなく、ダンジョンへの移動も手間もなく3万ゴールド稼げるのであれば安いものだ。
もともとケンカ慣れしている冒険者達は人への攻撃に抵抗が少ないし、考えたくはないがレオナが獣人だということも観衆の遠慮を削いだ原因の一つであろう。
「おおおおおおおおおっ!」
好奇心が抑えられなかった観衆達は突然レオナに走り寄り、それぞれの得物を構える。
とはいえ、レオナの身体能力と今の防具があれば一般冒険者が何人かかってこようと敵ではない。それくらいに、彼女の才能は卓越しているのだ。戦闘への心配は元よりなかった。
だが……襲い掛かってくる観衆達を見たレオナの脚は、震えていた。
それはよく観察しなきゃ分からない程度の震えだったが、ずっと心配して後ろから見ていた俺にはすぐに分かった。
差別され続けてきた獣人である彼女にとって大人数の視線というのは怖いものだし、ましてや今は獲物として見られているのだ。こんな無茶が出来るのはレオナだけだが、こんな無茶を一番しちゃいけないのもレオナなのである。
「おいレオナ、やっぱりやめた方が……!」
「大丈夫にゃわん! お願いだから、止めないでにゃわんっ!」
作戦を聞いた時から俺は止め続けていたが、それでもレオナは意固地になってやめない。
観衆と彼女の距離はどんどん縮まっていき……。
ガキンッ、と、鈍い金属音が鳴った。
「なっ……!」
一番早くレオナに剣を振るった男が、目を見張る。
さっきまで何もなかった彼女の腕に、いつのまにか盾がくっついていたのだから驚きもするだろう。
しかも彼は、自分の剣の威力が突然現れた肉の盾に粗方殺されたのを感じ取っていた。先ほどの金属音は盾がレオナの手甲にくっついた音で、攻撃を防いだ音は一切ならなかったのである。
磁力によってレオナの両腕に現れた盾は、以前作った磁力盾を改造したものだ。
大量のアームドリザードマンからとった肉を中心に作り、一部を磁力に反応する鉄にしたもの。武器を取り込めるほど柔軟な筋肉を持つアームドリザードマンの素材は、そう簡単に断ち切れはしない。
攻撃を完全に防がれた男は商品の性能を体感したことで、盾に心を奪われた。装食従僕アームドリンカー、お買い上げありがとうございます。
「さて、次のお客様は誰にゃわん?」
観衆の盛り上がりは、一瞬で最高潮に達した。
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