ギルド騒乱編
第27話 新星団の現状3(三人称)
セル武具店に追い出された後、【新星団】のメンバーは簡単なクエストばかりに挑戦を続けていた。
だがそのどれもが、レギアの立てた「ライアの作った装備を使わない」というルールによって苦戦を強いられている。
上位ランクだと思われていたギルドのメンバーが最弱の魔物ゴブリンとの戦いで苦戦し、その度に「こいつ……超越種だ!」と叫ぶリーダーは冒険者界隈でいい笑い者になっていた。
「おいおい、誰かと思えば【新星団】の奴らじゃないか。どうしたんだ景気の悪い顔してよぉ」
これまで上位ギルドのように振るまい恐れられていた分、周囲からなめられきった【新星団】は周りの冒険者からとても馬鹿にされた。
今日も酒場で朝食だけとりにきていた【新星団】のテーブルに、一人の冒険者がヘラヘラと笑いながら近寄ってくる。
「あー、あぁ、あーあ。昨日十人がかりでゴブリンを倒していた初心者ギルドさんじゃあないですか。そんな粗末な朝食じゃ可哀想だ、お兄さんがビールおごってあげましょかー」
言って、男が自分の買ったビールをレギアのいた席に置いた。
……煽るためとは言え割と優しい。
「クソッ、情けなんかいるかよ!」
だがそうして渡された鉄製のジョッキを、レギアは手の甲で叩いて床に落とした。床に擦れて起こる不快な金属音と、中から液体の零れる音が周囲に響き渡る。
折角もらえた酒を無駄にされて、周囲のメンバーがプライド守ってる余裕ないだろ、と眉をしかめた。
未成年ながら酒好きなミイも、なるべく表情には出さないようにしているものの不満に顔を強張らせる。
「ウヒッ、ウヒヒヒヒッ」
一方、奢ったビールを無下にされた冒険者は愉快そうに笑った。最初から、レギアの実力にそぐわないプライドの高さをからかうのが目的だったのだ。目論見通りに行きすぎて、もはや笑うしかなかった。
その笑い声を背に、レギアは言い返すことも出来ず何も乗っていないトーストにかぶり付く。
……今の彼らは、本物の初心者以外には反抗することすら出来ないのであった。
朝食を食べ終わった後ダンジョンに潜った彼らが、魔物を倒して宿に帰る途中の事だった。
彼らが戦利品であるゴブリンの死骸を大事そうに抱き抱えながら歩いていると、レギアが唐突に叫んだ。
「クソッ……クソォッ!」
彼は子供のように癇癪を起こしながら、ミスリルソードを床に向かって突き刺そうとする。しかしそれなりに鍛えられた一般男性程度の筋力しかないレギアでは、それでも床を傷つけるのが精一杯だった。
【新星団】は、ライアの離脱により弱くなったわけではない。元々強くなかったのに、ライアのお陰で強く見えていただけなのだ。
今では奇しくも彼らが信じたミスリルソードが、相対的にこのギルドの最強武器と相成っていた。
「皆……話がある」
気が済むまで怒り終えたレギアは、街の大通りで【新星団】のメンバー達に振り返った。
ライアを追放した当時より三人ほど少ない彼らに向かって、レギアは毒でも飲むかのような顔で……言う。
「これからのクエストでは、ライアの作った武器を使おう」
どんな酷い言葉が飛び出るのかと警戒していたギルドのメンバー達は、レギアが口にした予想外の英断を聞いて、これまでにない歓声を上げた。さっきまでのお通夜ムードは一瞬で霧散し、レギア以外の全員が満面の笑みを浮かべる。
ライアの武器が使えるということに大喜びする団員達を見たレギアは表情を歪めたが、しかしこうするより他はなかった。
このまま下手な意地を張っていれば、最終的にメンバー全員に逃げられた無能ギルド長と呼ばれるのは明白だったからだ。それくらいなら、自分の追い出したライアの武器に頼る方がまだマシだった。
「ありがとうございます、レギア先輩っ! そうと決まれば早速ホームに取りに帰りましょう! 明日の食費も厳しい状況ですし、余裕があればもう一回ダンジョンに潜りませんかっ!?」
「…………あぁ、そうだな」
最近ずっと暗かったミイが、ライアの武器を使えると知った途端に純粋な子供のようにはしゃぎ始める。
その様子を見て、レギアは最近感じていた息苦しさが一気に深まるのを感じていた。
俺は一人の女の子を、こうまで笑顔にした事があっただろうか――。男として、そんな途方もない敗北感に襲われる。
ライアの武器を解禁して、事態が好転すればこの息苦しさもなくなるだろうか。レギアはそんな事を思いながら、宝物を取りに早足で歩く少女を追いかけた。
「あの……レギア先輩」
――だが。現実はそう、甘くなかった。
レギアが役立たずだとしてライアとの縁を切った時点で……もう、彼に頼るなどという道はなくなっていたのだ。
ギルドホームに戻ったミイはホームに置いてあったライアの武器をいくつか手に取ると、これまで聞いた中で一番重い声で……言った。
「これ……動きません」
魔力切れ。魔物の素材を使った武器の強みは、その素材の魔力が尽きるまでしか有効活用出来ない。
ライアが作った時点で切れ味などはミスリルソードより高いものが多いが、特異性のある武器などは魔力が切れた時点でその価値を失ってしまう。
【新星団】で一番の財産は、いつの間にか殆どがガラクタに成り下がっていたのだ。
それから一時間もしない内に、三人の冒険者が【新星団】をやめた。
その日の、夜。
節約のためランプを殆ど売り払ったホームのリビングの壁に寄りかかり、レギアは暗い天井をただただ見つめていた。
「このホームも、そろそろ売り払わないとな……」
口にすると、レギアの目にじわりと涙が滲んだ。
居心地の良いと思っていたこの空間は、ライアの武器が生み出してくれた幻想だったのだ。ホームがなくなってしまえば、それをまざまざと見せつけられるのが分かっていた。
もしライアに敬意を持って接していれば、こうはならなかっただろうか……。
室内で一人寂しく武器を作る陰キャとしか思っていなかった先輩の姿を、彼は思わず思い浮かべてしまった。
「レギア先輩……?」
そうしてもの思いに耽っていると、薄暗い部屋に新しい人影が現れた。
短い黒髪を揺らして近づいてくる、小柄な少女。後輩のミイだった。
「ミイ……か。あぁ、ギルドをやめるって話だな。俺は止めないから、冒険者ギルドの方で手続きを――」
「違いますよ、先輩」
ギルドをやめる話だと思ってため息をつきながら応じると、ミイは少し寂しそうな顔をしながら首を振った。
「そういうんじゃなくて――。レギア先輩が落ち込んでいたので、少し元気づけてあげようかと」
予想だにしない言葉を聞いて、レギアが衝撃に体を揺らす。レギアの意外そうな表情を見たミイは、少しだけ微笑みながら言った。
「ライア先輩を追い出したことは失敗でしたけど……。人間誰しも失敗はあるし、ミスすれば焦るものです。私達だって止められなかったんだし、先輩だけが責任を感じる必要はないですよ」
傷心のレギアに、ミイが優しく語りかける。自分より三歳も年下の15歳の少女なのに、レギアには彼女が女神のように神々しく見えた。
「今日先輩が意地を張るのをやめた時、私嬉しかったですよ? 良い武器は手に入らなかったですけど、先輩が頑張ったこと自体には意味がありますって」
「ミイ……」
最近誰にも優しくされてこなかったレギアは、ミイの言葉を聞いて小さく呟く。
「未熟な私も、レギア先輩が見放さなかったからここまでやってこれたんです。私はそんな簡単に、レギア先輩を見離したりなんてしませんよ」
実際は自分になつく後輩だったから優しくしてやっただけだが、そう言われてしまうと自分が人に慕われる良い先輩であるような気がしてきた。
数日ぶりに湧いた自信という名の快感が、レギアの体を猛毒のように満たす。
そして気付けば、彼は立ち上がってミイの方へと近付いていた。
「ミイ……ありがとうな。お前のお陰で、少し元気が出そうだよ」
「先……輩?」
急に声の調子が変わったレギアを見て、ミイが訝しげな声を出す。それに応えるように、レギアは言った。
「お前が俺の事をそんなに思ってくれるなら、俺も元気が出るってことだよ。俺も前から、お前の事を可愛いと思っていたんだ」
人の情動に敏いレギアは、ミイが前から自分の事を意識しているのは知っていた。そしてこのタイミングでわざわざ元気づけに来たということは、
メンタルが限界間近で理性のブレーキも外れていたレギアは、無理矢理にそう考えてミイを椅子の背に押し付ける。
「ちょっ、先輩、ちがっ……」
「お前が側にいてくれるだけで、俺は嬉しいよ。なぁミイ、俺は――」
酒場で言い慣れた口説き文句を呪文のように唱えながら、レギアはミイの服の裾に手を入れる。そして彼女の横腹の辺りをさすって――。
「ごめん……なさい……」
ミイが呟いたその一言によって、レギアはようやく冷静さを取り戻した。
目の前では泣いている少女が一人、レギアの手をゆっくりと自分の服から離していた。
「ごめんなさい、ごめん……なさい……」
怒るでもなく嫌がるでもなく、ただただ謝る少女をレギアは呆然と見ることしか出来なかった。そんなつもりじゃなかったのに、と言い訳のような言葉が脳裏によぎる。
もしライアを追い出す前なら、今のように迫っても彼女は泣いて喜んだだろうに――。
レギアはそう考え、それは実際その通りだったが、今目の前にいるミイからは喜びを感じることが出来ない。彼女はひとしきり謝ると、駆けてリビングから飛び出ていった。
「どうして、こうなっちゃったんだろうな……」
自分以外誰もいなくなったリビングを見て、レギアが小さく呟いた。
もうレギアが頼れるのは、手元のミスリルソードだけ。……しかしその攻撃力は、ライアが作った
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