第26話 夜明けの剣

「にゃわーんっ! ダンジョン出たら、また、朝、日っ!」

「うわ。私達、一日中ダンジョンに籠ってたんですね……道理で体が重いわけです」

「皆、俺の我儘に付き合わせちゃって本当ごめんよ……」


 ダンジョンを出た後、俺はげっそりとした様子のレオナ達に謝った。


 後から思い返すと、自分はあそこまで自暴自棄になれるもんなのかと驚いちゃうね。俺はもう少し自分を律せる奴だと思っていたけど、とんだ勘違いだったようだ。


「やっぱ自分だけじゃ、分からないことがあるもんだな……」

「そりゃそうにゃわん。ま、人と関わることで逆に分からない事が増えることもあるにゃわんけどね」


 レオナがそう言うと、彼女だけでなく横にいたフィラとメイまで俺をジト目で睨んできた。


「ん? どうしたんだ?」

「ライアさん……。結局私達、すごーく大事なことを聞かされてない気がするんですけどー」

「あ、やっぱりあれ皆知らない話なんすね!? 良かった! 会ったタイミング的に、なんか私だけ置いてきぼりなのかと思ってたっす!」

「おいおい何の話だよ。なぁレオナ、君らは一体何を怒ってるんだ?」


 フィラまで分かりやすく拗ねた態度を見せるのは珍しかったので、俺は一番素直に答えてくれそうなレオナに尋ねた。すると彼女は、ハァとため息をついてから答えてくれる。


「ライアの我が儘に付き合わされるのは全然いいんにゃわんけど――私達、結局レイナって人が誰なのか聞かされてないのにゃわん」

「んっ? あぁ、そういうことか。確かにここまで付き合ってもらったのに説明しないのは悪い……よな?」


 彼女達が何のためにレイナのことを聞きたがり、しかも話さないことに怒ってるのかはいまいち分からなかったが……。

 まぁ自分達が何のために苦労したかくらい知りたいってとこだろうか。


「レイナは、貴族の家から飛び出して冒険者になった女の子だったんだ。彼女は調合師の仕事を探していた俺に、冒険者になる道を勧めてくれたんだよ」


 当時は俺も武器を作ったりはしなかったが、彼女は俺から特別な何かを感じていてくれたのだろう。


 互いが互いに追い付こうと足掻くことで、俺達はどんどん新しいことに挑戦出来た。それは右足を前に出した後に左足を前に出すくらい自然なことで――そのうち片方がいなくなった時点で、俺はどこか壊れてたのだと思う。

 レオナに会う、その時までは。


「……いやそんなことより、年齢差はどれくらいだったにゃわん?」

「そんなことより!? えっ、年齢差ってそんなに大事な情報かなぁ!?」

「大事ですっ! 私達にとっては、ひじょーっ、に重大事なんです!」


 レオナどころか、フィラまでが変なところに食いついてくる。えー……結局何を聞きたいんだ君ら。


「レイナが亡くなった時は俺が14歳で、彼女は16歳だったけど……」

「年上っすか!」

「お姉さん……強いです。これは私不利ですかね……いやむしろ、ロリにはロリの戦い方が?」

「だから君ら何の話してんの!?」


 これが調合師には分からない女の気持ちってやつですか。本当に分からないんだが。


「何を聞きたいのか分からないけど、他には俺のいたギルドを作った人ってこと位しか言うことないぞ。俺は彼女に憧れてたけど、彼女は俺を相棒としか見てなかっただろうから浮いた話もないしなぁ……」


 何か言うことあったか考えながらそう言うと、レオナ達は何故か凄く嬉しそうに騒ぎ始めた。

 え、俺まさか馬鹿にされてる?


 そんな事を思っていると、触手装甲を着ているフィラ以外は何故か鎧を脱ぎ捨て、インナー姿でいきなり俺にすり寄ってきた。三人ともが俺にくっついてきて、柔らかい体を押し付けてくる。


「知らない女の話をされてるだけで、結構モヤモヤしたにゃわんからねぇ……。これからはもう、躊躇いも捨ててアタックしていくにゃわんよ!」

「んなっ、ずるいですよレオナさん! 体を使って攻めるとか私の分が悪い……というか羨ましいですっ!」

「私も! 私ものけ者にしないで混ぜるっす――!」


 ちょっ……そんなにくっつかれるとまずいって! フィラだけ感触全然違うけどっ!


 俺は変な気分になるのを必死に堪え、あまり変なところに触らないよう気を付けながらなんとか女の子プレスから抜け出す。

 それから少しして落ち着くと、俺はようやく前もってすると決めていた話を始められた。


「なぁメイ」

「はっ……! ここで会ったばかりのメイを選ぶとか、ナイスバディに負けちゃったんですかライアさん!?」

「何言ってるか分からないが、多分違うぞ」


 メイの名前を呼んだだけで騒ぎ始めたフィラを流石に無視して、俺は言葉を続けた。


「メイ……君は今、帰るところがあるのかい?」


 俺が尋ねると、さっきまではしゃいで見せていたメイは体を一瞬のけぞらせ、明らかな動揺を見せた。それから、絞り出すように声を発する。


「……いえ、ないっすよ。仇討ちも終えたので、ソロ冒険者としてなんとか生計を立てるつもりっす」

「だろうな。……それならもしよければだけど、これから俺達で組んで生産ギルドを作らないか?」


 俺が言うと、メイが目を丸くしてから息を飲んだ。レオナとフィラの二人も、驚いたように前のめりになる。


 メイが仲間に加わってくれれば、俺達の人数はちょうど四人。ギルドを作る最低人数に達したので、とうとうギルドとして登録することが出来るのである。


「いいんすか……? 私、その、自分で言うのもなんですが馬鹿で……侍より隠れるの下手だし……」

「ああ。俺もメイのお陰で仇を討てたし……そもそも君はもう、俺らに馴染みきってんじゃねぇか」

「あ、う……。あっ、ありがとうっす! 帰る場所もなくて、私、私っ……!」


 さっきまで明るく振る舞っていたメイも、悲しみが溢れそうになるのを必死に堪えていたのだろう。

 みるみるうちに両目から涙が零れ、泣きながら俺に走り寄る。そして鎧で汗だくになったインナー姿のまま、メイがさっき以上にがっしりと抱きついてきた。あぅ、べしょべしょだから大分エロい……。

 

「レオナ達も、それで良いよな?」

「にゃはは、もちろんにゃわん! 当分は素材集めに奔走して、結局いつも通りだろうにゃわんしね」

「生産ギルドって、お店とか立てていくんですよね? ライアさんとのそういう生活、憧れます……!」


 レオナとフィラも、口々に賛成してくれる。それどころか、彼女らは満場一致で俺をギルドのリーダーに選んだ。


「私達はライアの作る未来を期待してるのにゃわん。ライアと一緒に新しい道を歩く覚悟は、もう皆出来てるにゃわんよ!」


 レオナは満面の笑みを浮かべて、そんな風に言ってくれる。


 見たこともない道は、きっと一歩を踏み出すことさえ難しいだろう。でも俺達が支え合って、道を踏み外しても今回のように連れ戻してくれれば――きっと、どこまでも歩ける気がした。


 ……レイナ。

 君が見出だしてくれた新しい星は、一度翳ってしまったけれど。でも今こうして、他の星の光でまた……輝けるんじゃないかって思っているよ。


「今思い付いたんだけどさ。ギルドの名前……【夜明けの剣】って、どうだろう?」


 俺がギルドの名前を提案すると、三人の少女達は笑顔でそれを受け入れてくれた。


 自分の手でギルドを作るのは初めてだが、心配はあまりなかった。

 彼女達の事はもう信用しているし――。それに一度アームドドラゴンとの戦いを見てしまえば、ちょっとやそっとの心配事は全て吹き飛んでしまうからだ。


 俺は思わず笑いそうになりながら、先程の決戦を思い返した。






 今の俺が〈覚醒手〉を使った武器は、以前の俺が作ったものとは比べ物にならない程強かった。


 体力が続く限り影の中を潜伏出来るメイは、アームドドラゴンが警戒していないところから幾度も攻撃をしかけた。

 アームドドラゴンは体から武器を出している時くらいしか攻撃がまともに通らないのだが、メイがどこから攻撃をしてくるか分からないというだけで不用意に攻撃出来なくなり、体の殆どを鎧で覆ったでくの坊へと成り下がっていた。

 俺をあらゆる方向から攻め立てていた攻撃の手数は三十分の一くらいに減り、正直あれなら俺でも勝てそうと思えてしまう。


 どこから攻撃してくるか分からないという意味では、フィラも相当アームドドラゴンの神経を参らせただろう。

 上に追い込もうが下に追い込もうがお構いなしに自分の体ごと動きまくるフィラは、攻撃手段の激減したアームドドラゴンには捉えることすら出来なかった。あらゆる角度から鎧と鎧の隙間を毒針に刺して、さっきまで調子こいてたアームドドラゴンさんはどんどん衰弱していく。


「ライアは私に、どこよりも暖かい居場所をくれたにゃわん。だから私は……この暖かい炎でライアの苦しみを打ち払うのにゃわん!」


 そして何より、レオナの持つ豪炎シャープフレイムだ。


 昔の俺と、今の俺。どちらの思いも乗ったその剣は、まるで洞窟の中が朝になったかのような強い光を放っていた。

 アシッドスパイダーを倒した後、俺とレオナが一緒に冒険することを誓った日の事を思い出す。俺達の門出を祝福した、あの輝かしい朝日。正にそれが、俺の暗い過去を塗りつぶすかのように辺りを照らしていた。


「にゃわあああああああああんっ!」


 想像できるだろうか。剣を振り下ろした先で炎が荒れ狂い、それが俺達を避けて部屋全体を燃やし尽くしたなどと。


 まして後で調べたところ、剣の一振りで俺達を除いたが炎竜の光に包まれ、アーマードリザードマン達を全て討ち滅ぼしていたなどと――。


 それは剣って言わねぇよ。なんか別の何かだよ。


 五年来の悩みが三人の少女に滅多打ちにされてるところ見たら、もう悩むこと自体馬鹿らしく思えてきてしまう。

 トラウマとか全部こん時の衝撃に上書きされちゃって、面白すぎて涙が出てきそうだわ。…………ありがとうな、レオナ。




ギルド財産

・約10万ゴールド

・肥大槌ソイルハンマー×1

・回転鋸ライトニングソー×1

・伸縮糸槍アサルトブリッジ×1

・眼前暗殺剣アサシンズハート(修理中)×1

・糸槌サドゥンプレス×1

・跳躍槍エアスラッシャー(毒針換装)×1

・歪鋼メタルスネーク×1

・歪鋼メタルスネーク改×4

・追苦エイミングトライデント×1

・業炎シャープフレイム×1

・触手装甲×1

・蜘蛛天脚×1

・戦士の鎧×1

・隋盾腕シールドアーム×4

・磁力盾(未完成)×4

・潜影鎧ハイドナイト×1

・多腕装甲デストロイア(半壊)×1


・残忍蜂の死骸×3

・磁力猿の死骸×9

・武装龍の死骸×1

・武装蜥蜴の焼死体×238

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