第17話 フィラの初戦闘

 クルーエルビーの死骸から発されるエキスは、他の仲間を引き付ける性質がある。


 自分より格上の魔物や冒険者は多いため、二度目の襲撃も撃退すれば大抵は手出ししてこなくなるが、その分二度目の襲撃は苛烈となる傾向にあった。


「だ、大丈夫なんですかぁ? 蜂さんすっごい沢山向かってきてますけど」

「うん。いざとなれば糸槌があるし、たとえ刺されても解毒薬を調合してきたから心配ないよ」

「ライアさんが普通の調合師っぽいことしたの初めて見ました……」

「私もにゃわん……」


 ギルドの役に立ちたくて、武器や防具ばっかりに手を出してたからなぁ……。確かに薬を調合したりする割合は減ってるね。


「とにかくフィラは何も気にせず、自分の新しい戦い方に慣れるところから始めると良い。いきなり上手くはいかないかもしれないけど、その時は俺らがサポートするから」

「そうにゃわん、そういう時のための仲間だからにゃわんね!」

「あ、有難うございます……っ!」


 俺とレオナが励ますと、フィラは目に力を込めて頷いた。これまでのように過剰に意気込んでいるという感じでもないし、とてもいい精神状態だろう。

 彼女の調子も良さそうなので、俺はクルーエルビーがこちらに近づききる前に彼女に渡した武器の説明を始めた。


「んじゃ、さっきの槍の使い方を教えるぞ」

「はいっ!」

「まずは槍の刃がついていない方、石突きの部分を地面につけるんだ」

「こうですねっ?」

「そうだ。そして、槍の穂先を標的の魔物に向ける」

「出来ました!」

「そんで、柄を力強く握ってみ?」

「はいっ、こう――――んん!?」


 フィラはとても気持ちの良い返事を返してくれていたが、それが最後まで続くことはなかった。

 何故なら彼女が槍の柄を握り込んだ途端、槍は急激な勢いで伸び、その勢いで槍を掴んでいた吹っ飛んで行ったからである。


「あうううううううううっ!?」

「キシャアアアアアアアアッ!?」


 フィラ自身の重みがあるために少しだけ照準はずれたものの、殆ど真っすぐ飛んで行った槍はフィラの狙っていたクルーエルビーの胴体を貫通した。そしてもちろん、槍と一緒にくっついていたフィラは真正面から蜂のエキスを被ることになる。


 跳躍槍エアスラッシャー。構造は伸縮槍と同じだが、四重だったクルーエルビーの尾を五重にして伸縮の勢いを増し、その勢いを空中での突進に利用した意欲作だ。フィラの軽さなら使いこなせると思っていたが、使ってるところをいざ目にすると壮観だな。


「あば、あばば、あばばばば」

「フィラ、大丈夫か!?」

「大丈夫……デス。私ノ……チカラデ、虫ケラ……コロセタ。モット、コロセル……」

「うん、大丈夫そうだな」

「いやいやどう考えてもおかしくなってるにゃわんよねぇ!?」


 威勢がいいフィラの返事に俺が満足していると、レオナが横から突っ込んできた。

 でも俺は彼女の好戦的というか頑張り屋さんな部分を評価していたので、むしろ期待通りの方向に成長してくれてるっぽくて満足だ。いや確かに言動怖いけどさ……蜂さんが可哀想。


「その槍は一回使ったら、もう一回石突きを地面に当てて縮ませてみて! そしたらもう一回使えるから!」

「ウウ……? はっ、はいっ!」


 俺が離脱の方法を教えると、彼女は一瞬俺の言葉が理解できないという顔をしてからすぐに素直な少女に戻った。流石に言語が通じなくなると困るので、戻ってきてくれて安心だ。


 フィラは俺の指示に従い、クルーエルビーを刺し殺した地点から少しだけ後退して槍の刃がついていない方を地面に押し付ける。柄を持っていたフィラの体重がかかることで槍は縮み、再び柄に力を入れることで他の蜂目掛けて飛んで行く。


 伸縮槍や跳躍槍の勢いは多くの尾を本来はありえない程の密度で重ねているからこそ出るものなので使えば使う程勢いは弱まっていたが、それでもフィラの軽さと段々と洗練されてきた身のこなしにより、彼女は縦横無尽に飛び跳ねてクルーエルビーを突き刺して行った。


「凄いっ! 私、本当に魔物を倒せてます! これで、皆さんのお役に立てるんですね!?」

「あぁ、勿論だ。フィラにしか出来ない戦い方が、ちゃんとあっただろ?」

「はいっ!」


 フィラはこれまで要らない子扱いされていたようなので、魔物を自分で倒せた事に泣くほど喜んでいた。

 蜂を殺しながら泣き笑いしている様にちょっとした狂気を感じないと言えば嘘になるが、それでも彼女が自信を取り戻してくれたのは素直に嬉しい。


 俺が満足げに眺めていると、横からレオナの思慮深げな声がかかった。


「ライア……。事前の説明もなしにあんな難しい武器を使わせるのは、流石にどうなのにゃわん?」

「最初からしっかり説明しちゃうと、フィラの場合は気負い過ぎちゃって逆に動けなくなりそうだろ? だから調子が出てる時に、何が起きるのかも考えさせず戦わせた方が良いと思ったんだよ」

「うっ、確かに。意外とちゃんと人を見てたのにゃわん」


 レオナの懸念に俺が応えると、彼女は俺のフィラに対する扱いを納得してくれたようだった。最後の一言余計だけどな。

 まぁ逆に言えば、殆ど考えもせずにあそこまで蜂を殺しまわってくれるのは予想外だったけどね。槍に蜂の死骸が刺さりまくってるぞ……。


 予想以上のに俺が戦慄していると、とうとう跳躍槍を自重で縮めるのには限界が来たようでフィラはようやく止まった。

 残ったクルーエルビーはあと二匹で、フィラは使い過ぎて中身が歪んだ跳躍槍を手で直す。どうやら戦いの勘を掴みきるために、残りも自分で倒そうとしているらしい。頼もしい限りだ。


 俺とレオナは彼女の成長を見守るため手は出さず、クルーエルビーと戦わないように少し離れる。

 だがフィラが倒そうとしていた残りのクルーエルビーは、予期しないところから放たれた矢によって全て射抜かれてしまった。


「!?」


 俺達は驚きながら、矢が飛んできた方向を見遣る。するとジャングルの鬱蒼と生い茂った草木の向こうから、四人の冒険者が現れた。彼らは高級そうな鎧に身を包んでいて、やり手の冒険者なのだろうと感じさせる。


 その中に大きなクロスボウを携えた女性がおり、彼女がクルーエルビーを殲滅したのだと分かった。


「あ、あなたは!」

「あれ? なんか変な事やってる人がいると思ったらフィラじゃん。あんたまだ冒険者なんてやってたの?」


 金の長髪を後ろで結んでいたその少女は、フィラを見ると馬鹿にしたような笑みを浮かべた。その周りにいた三人の男達も、一様にフィラを見て笑っている。


「フィラ、この人達は知り合いなのにゃわん?」

「は、はい。私が以前追い出されたギルドの方々です……」

「当たり前でしょ? あんた全然役に立たなかったんだから」


 フィラがレオナの質問に答えると、金髪の少女は歯に衣着せずフィラを役立たずと評した。フィラの強みを活かしきれなかったギルドの方にも問題があるとは思うのだが、金髪の少女は一切そんな風には考えていないようだ。


「君、いくら前の仲間だからってフィラを馬鹿にしすぎじゃないのか? 昔はどうだったかしらないけど、さっきまでフィラはクルーエルビーと戦えてたんだぞ?」

「それってまさか、さっきの大道芸みたいな攻撃で? どうやったのか分からないけど、そんな事するくらいならクロスボウ使えば良いじゃない」


 彼女はそう言って、手に持っていたクロスボウをフィラに見せつけた。

 確かにクロスボウという遠隔武器があれば、フィラのように自ら突進しなくても遠くから安全にクルーエルビーを貫くことが出来る。


 それを聞いてぐっと小さくなったフィラに向かって、4人組の内の男一人が言い放った。


「その武器も、お前をどうにか活躍させるために作られたものなんだろ? 弱い奴が無理に戦って、何の意味があるんだよ」

「体に巻き付いてる触手も何よ、あんた完全におもちゃにされてるじゃない。お金さえ貰えば何でもするなんて、恥ってものがないのね」


 金髪の少女が放った最後の言葉が、完全にトドメになったようだ。ようやく芽生えかけていたフィラの自信は再び萎れたようで、彼女は泣きそうになりながら自分の体を手で隠そうとした。

 ただそれでも隠しきれない露出の多い格好を、三人の男達が嘗めまわすように見つめる。こいつら、同じギルドだった奴に対して敬意ってものがないのか!


 俺は思わず【新星団】で自分を見限ったレギア達の顔を思い出してしまい、顎が痛くなるくらいに歯噛みする。レギア達が自分に向けた人を人とも思わぬ視線を思い返しながら、俺はその四人組に食って掛かった。


「こんなジャングルまで来たってことは、君達も磁力獣の討伐クエストを受けに来たんだろ? どっちが早くクリア出来るかで、フィラは役立たずなんかじゃないってことを証明してやるよ!」


 俺は頭の中で勝算を導きながらも、感情に任せて戦いを吹っ掛けたのであった……。

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