第18話 磁力獣
啖呵を切った俺を見て、金髪の少女は薄く笑った。フィラに向けていたものと同じ馬鹿にしたような視線が、とうとう俺にも向けられる。
「へぇ? 私達より早くクエストをクリアする自信があるんだ? そんな雑魚を引き連れておいて?」
「フィラは雑魚なんかじゃない、立派な戦力だ。次の戦いで、フィラを追い出したことを後悔させてやるよ」
「あわ、あわわ……。ライアさんっ!」
俺が金髪の少女に対して強気で反論していると、横というか斜め下からフィラの焦った声が届いた。
「私のために怒ってくれるのは嬉しいんですけど、あのギルドは結構なやり手なんですよ? あまり強気な事を言ったら……」
「もう遅いよフィラ。面白いじゃない、その勝負乗ったわ」
フィラは相変わらず弱気なことを言っていたが、それを遮るように金髪の少女が答えた。
「でもそこまで言ったからには、負けた時にタダじゃ済まないわよ? 例えば……負けた方が何でも言う事を一つ聞くとかどう?」
「ああ、望むところだ。なぁ、レオナ?」
「そうにゃわん! フィラの強さは、私達の方がよく分かってるんだにゃわんからね!」
「あわ、あわわわわ……」
自分が原因で大事になってしまったことに耐えられず、フィラは気絶してバタリと倒れる。そして、気絶し慣れたからか二十秒で復帰した。すげぇ。
クエストの達成を競うことになった俺達とフィラの元いたギルド【白亜の洗礼】は、つかず離れずの微妙な距離を保ちながら目標を探していた。
今回のクエストの討伐対象は、マグネットモンキーと呼ばれる魔物だ。磁力獣というのは磁力を操る能力がある魔物全般の事を指すが、中でもマグネットモンキーは知能が高いため磁力の扱いが上手く厄介だ。俺らがメタルハーピーを倒せたとはいえ、油断は出来ない相手である。
そのため、フィラの緊張もひとしおだった。このクエストを受けた時点ではフィラもやる気を出していたが、今や彼女は完全にビビって周囲を見回している。
「落ち着けってフィラ。君に自信がないのはあいつらのせいでもあるんだ、ここで自信を取り戻さなきゃだろ?」
「そんなこと言われても……」
前のギルドと競争することになったフィラは、自分の弱みに出会ってしまったことで完全に自信をなくしていた。冒険者ギルドで頑張って声をかけてきた時以上に、彼女には覇気がなくなっている。
とはいえ、正直俺もレオナもそこまで心配していなかった。彼女はやる時にはやる子だと、もう十分に見せられていたからである。
「まぁ、戦いが始まれば自信があるとかないとかすぐに関係なくなるさ。今だってそうだろ?」
「へ? 今って……うひゃあっ!」
俺の問いに疑問符を浮かべたフィラは、俯いていた顔を上げると大声で叫んだ。
そう、ここは既にマグネットモンキーのテリトリー。
俺達の周囲にある木々の上には二十匹程のマグネットモンキーが控えていて、俺達を取り囲むように見下ろしていた。日光の陰になって葉も魔物も真っ黒に見える中、赤く光る無数の目だけがやけに印象に残る。
「クエストの討伐目標は10匹……。先に10匹倒した方が勝利って事で良いわね」
「そうだな。そっちもせいぜい頑張ってくれ」
フィラによるとリリーという名前らしい金髪の少女が勝負の内容を言い切ったので、俺も頷いた。その途端、彼女はニヤリと笑ってクロスボウを斜め上に構える。
「じゃあ一匹目は私が貰うわよっ!」
余裕のある声でそう言って、リリーはクロスボウを発射した。
磁力獣の散乱した毛には鉄製の武器の軌道を歪ませる能力がある。そのため剣などは軌道が逸らされてしまうのだが、彼女のクロスボウに装填したボルトは鉄が使われていないようで見事に一匹のマグネットモンキーを撃ち殺した。
「ふふんっ、どうよ。見たところあんた達は弓を持ってないみたいだし、猿が木から落ちてこない限り私達が一方的に倒しちゃうわよ?」
「おお、見事なもんだな。この距離でしっかりクロスボウを命中させられるのは確かに凄いわ」
「そうでしょ? 分かったら大人しく諦め……って、さっきからそこの獣人何してるの?」
余裕たっぷりに笑っていたリリーだったが、レオナの方から不穏な音が流れてきたのを聞いて眉を顰めた。そして、レオナの武器が動き始めるとリリーは口をあんぐりと開く。
それも仕方のないことだろう。彼女が見たのは、レオナがどう考えても自分の二~三倍は重さがあるだろう鉄塊を糸だけでぶん回している姿だったのだから。
「え、何それ? ほんと何? ……というか何しようとしてるの?」
「にゃわん」
混乱しすぎて語彙力を失ったリリーの質問に、レオナはもう言葉ですらない返事を返してから糸槌の回転範囲を広げた。
魔物の悲鳴すらかき消す、猛烈な木の伐採音が響く。自分の頭上で回して遠心力を得た糸槌サドゥンプレスは何者にも阻まれず、大量のマグネットモンキーごと木々の上部を粉砕していった。
大規模かつ一瞬すぎる自然破壊に【白亜の洗礼】のメンバーは誰一人声を発せず、バラバラと落ちてくる木の枝や幹をただただ見ている。
「あーっ、やっぱり磁力のせいで鉄の軌道をずらされるのは辛いにゃわんねぇ……。結構軌道修正したつもりだったにゃわんけど、五匹しか倒せなかったにゃわん」
「いや、よくやってくれたレオナ。マグネットモンキー自体を倒せなくても、木を短くしてくれたお陰で俺らの攻撃も当たるようになったからな」
「はっ? 適当に振り回してたんじゃなくて、相手の発した磁力を考慮した上で振り回してたって言うの!? あれを!?」
レオナが何気なく口にした反省を聞いて、リリーがむしろ目を見開く。レオナの才能は俺でも引くレベルだから、初見で驚くのは仕方ないね。
一匹倒しただけで鼻高々になっていた【白亜の洗礼】の面々は、目の前で五匹が瞬殺されたことで完全に呆然としていた。男三人衆に至っては、もう戦意喪失したような顔してるし。まぁ、これがクエストの競争とかじゃなくて決闘だったら君ら三十秒で肉塊になってたしなぁ……。
「と、とにかく私達も戦うわよ! 猿どもが降りてきたってことはあんたらの攻撃も当たるってことなんだから。ボーッとしてんじゃない!」
「は、はいっ!」
しかしリリーは流石の早さで気を持ち直し、他の三人を叱咤した。やはり冒険者としては、かなり優秀な部類のようだ。
……だが。
「だったら、フィラの才能を見抜けなかったことだけが残念だったな」
俺はフィラがいつの間にか隣から姿を消していたことに気付いて、小さく笑った。
俺とレオナが彼女を仲間として迎えたのは、決して可哀想だったからとか身の上に共感したからとかだけではない。
俺らは彼女の才能を本気で信じ……既に見抜いていたからだ。
「レオナさんが私に繋いでくれたチャンス……絶対無駄にしませんっ!」
いつの間にか消えていたフィラは、木の中程まで降りてきたマグネットモンキーの腹にぐさりと槍を突き立てていた。
【白亜の洗礼】相手に俺が啖呵を切った後、跳躍槍の先端はクルーエルビーの毒針に換えていたから磁力操作に引っ掛かることはないのだ。
無音で宙に飛んで一匹を倒したフィラは、毒の槍を獲物から引き抜くと木から半ば落ちるようにして跳躍槍の石突きを地面に押し付ける。しっかりと中身を含みきった跳躍槍は、一回目と遜色ない勢いで起動し二匹目を穿った。
「なっ……!」
クロスボウにボルトを装填していたリリーは、フィラが流れるように二匹のマグネットモンキーを倒したのを見て絶句していた。彼女に限っては、レオナが糸槌を使ってた時以上の衝撃を受けているようにも見える。
確かに、フィラの強みというのは外から見え辛いだろう。だが敢えて言うなら、誰かの足を引っ張りたくないという誠意、そしてそのためなら危険にさえ突っ込める覚悟だ。
冒険者稼業においてそういう精神性は、時に彼女の軽さなどより余程大事になる要素なのである。
「くっ! このまま負けて……たまるか!」
フィラに負けることが我慢出来なかったのか、クロスボウを構えたリリーは敢えてフィラの次に狙っていたマグネットモンキーへと狙いをつける。
クロスボウは装填にかかる時間が長いため、今のフィラには動きを阻害でもしないことには勝てないと判断したのだろう。
流石に俺は止めようとしたが、その心配すらいらなかった。
「邪魔――しないでくださいっ!」
フィラは空中で浮かびながら跳躍槍から手を放し、軽くなった槍がボルトより先に敵を穿つ。彼女自身は猿のように木の上にすがりつき、マグネットモンキーが先に落ちてから刺さったままの槍に向かって落下する。そして落ちた彼女は跳躍槍の石突きにキックをかまし、跳躍槍をチャージしながら落ちたモンキーにとどめを指した。
「な、何なのよ――あんた――」
「この野郎、リリーの獲物をとってんじゃねぇ!」
【白亜の洗礼】の男メンバーはとうとう標的をフィラへと変えて、マグネットモンキーさえ無視して彼女へと襲いかかった。
だが――それは悪手だ。出番のない俺は近くにいたマグネットモンキーを一体だけライトニングしながら、ため息をついた。
「あぁ? 獲物を横取りしてんのはどっちだ?」
響いたドスの効いた声は――フィラのものだった。
その片鱗は見せていたが、今の彼女は戦闘に集中しすぎて我を失っていたのである。
「そこどけクソ【白亜の洗礼】のクソ野郎ども! ってぇか【白亜の洗礼】ってどういう意味だ? ちゃんと意味あんなら答えてみろよってかどけぇぇぇ!」
「ひえぇぇぇぇぇっ!」
完全に豹変したフィラに恐れおののき、【白亜の洗礼】のクソ野郎どもさん達が腰を抜かす。
そうして空いた射線に、フィラは全力で跳躍槍を投擲した。
「これでぇぇぇ、十匹!!!」
飛んできた槍に刺し穿たれたマグネットモンキーは一瞬で息を引き取り、地面に倒れる。
俺が倒した分もカウントしてる辺り、冷静さが一切なくなってるわけではなさそうのが逆に怖いね。
マグネットモンキーの性質を考えれば、レオナだけではここまで早く十匹を倒しきることは出来なかっただろう。
「バ、……バーサーカー……」
頭上を槍が通りすぎた男は、小声でそう呟くと……気絶した。完璧に意識を失った彼は、フィラほど早く復活することはなかった……。
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