第四章 人の迸発③
「三つとも捨てられていた……」
対応を終えた神崎は特殊スーツを脱ぎ、白いティーシャツと、紺のスラックス姿でパトカーの横にいた。
その一言はペットボトルを手にしていた神崎からの情報に、米沢が呟いたものだった。
「どう見てもそうとしか思えませんね。先の駅の時のように体を張ろうとしたところ気が変わって、コルセットを置き去りにしたってものかと……」
神崎の推測は正解に近いのかもしれない。コルセットがああいう形で放置されたということはそう考えるのが妥当だ。
館山がメモ帳を開き、
「放置していった奴が乗っていたのは、白いワゴン車だったらしい。警邏中のパトカーが発見し追跡したようだが、振り切られたとのことだ。察するに、車を停め、爆弾を放置したあとの追跡だったようだな。放置の役割を担った信者は車に戻ることもなく、素直にお縄についたらしい。確かに爆弾を捨てたと見ていいようだ」
そこへ、別の刑事が一人、米沢の元へやって来た。
「教団の物と思われる車輌が発見されました!」
発見された車輌は、都心から離れた川の堤防の茂みに隠されるようにして放置されていた。
警官を複数人動員させ、車輌近辺を進入禁止にする。
黄色に立入禁止と記されたテープが立哨する警官の後ろで張られている。
車から降り、何人かの刑事と集まって話をする。
「新宿駅から程近いコンビニで確認した映像には、この車輌ナンバーと同じものと思われる車が、腰巻きを放置した場所から移動している映像が映っていました……」
「捕まえた信者は何か吐いたのか?」
館山の問いに刑事は、
「今のところだんまりを決め込んでいるようですね」
「そうか。つうことはこの車輌……」館山が沈着な物腰で言う。
「新宿駅から逃げてきた車輌と同じというふうに見ていいだろう。乗り捨ててあるってことは、教団への忠誠心を見限ったっつうことか……」
「取っ捕まえなければわかりませんが、その線が濃厚でしょう」
米沢が言うと、そのとき、車内の無線を耳にした刑事が声を張り上げた。
「教団への強制捜査が執行されるとのことです!」
機動隊と警官が数十名、宗教団体、コズミックリリーフの東京支部の施設へと乗り込む。
時刻は昼を回っていた。
怒号と罵声が飛び交う施設の前で、信者たちと小競り合いになっていた。
マスコミのカメラやリポーターも、施設の敷地外から見守るような形で、撮影を続けている。
付近の民家の二階などでは、その様子をスマートフォンのカメラに納める人が散見された。
強引とも言えるほどの様相で、施設へ立ち入るため、信者たちはそれに抗おうと、警官らの前に立ちはだかる。
しかしそれも虚しく、機動隊は盾を使って信者を押し退け、二階へと続く階段を上り、曲がると見えてきたのは、中央に座る五味秀哉と、その側近たち十名ほどが奥の壁際で座っている姿だった。
機動隊に割って入り込む、警視庁の捜査員。
「五味秀哉、お前を殺人容疑並びに爆発物取締罰則に基づき逮捕する」
令状を掲げ、しまうと手錠を五味の手元に持っていく。
五味の余罪は複数あると思われるが、一先ず、それらの容疑で逮捕することになっていた。
すんなりと手錠をかけられたことに、捜査員は疑問を呈した。
「大ごとやらかした割には素直だな」
「一人では勝てんよ……」
五味は疲れたような声を発した。
「何だ?」
突然、周囲にいた幹部たちが歌い始めた。
「ドーン、ドーン、あなたもドーン、私もドーン、ドーン、ドーン、世界がドーン、地球がドーン、宇宙がドーン……」
静かにしろ! と怒鳴る警官もいる一方、五味は静かに言った。
「大きな運命といううねりには、我々だけじゃ抗えん。すまんが道連れにするぞ」
直後、教団の施設の二階部分にあった窓が、爆発音と共に赤い炎によって吹き飛ばされた。
おおおっ! 外でその光景を目撃した大勢の警察官、機動隊、マスコミは騒然とした。悲鳴をあげる女性リポーターもいた。
煙が充満する施設の一階。二階が爆発によって崩落し、信者たちや警官隊は大混乱に陥った。
前にいる信者を押し倒し、逃げ惑う信者や、押し合いになる警官隊たち。床に倒れる幾人かの人々は、信者もいれば警官の姿もあった。
煙が立ち込める部屋の隅の方に横たわる女性がいた。
それは晴太の母、友美だった。
昼過ぎに起こった教団施設爆発から、三時間ほど前――。
一時限目の授業は急遽自習となり、教員の姿も不在だった。
暇な時間を持て余していた生徒の一人が、スマートフォンの動画サービスで駅前爆発事件を知るや、あっという間にクラス中に広まった。
誰しもがスマートフォンを持ち映像を見られる時代になってきた。そのために最初の口頭で二、三人に伝わると教師もいないほぼ無秩序といっていい環境に、動画サイトやニュースアプリなどを介して事件は周知されていった。それは他の学年、各教室でも同じだった。
「自習ってのもこれが原因なんじゃね?」
「簡単に外歩けないからってこと?」
駅が襲われ、混雑や一時的な封鎖もありうることであれば、電車も動かないために帰宅困難となり、生徒を教室に置いておくほうがいいだろう。むしろ、各沿線を利用する生徒も多くおり、帰宅させるという手段は現状、危険にさらされる確率の方が大きい。
自習にしたのも、教職員たちで学校の運営を今後どうしていくかの話し合いがされているからに違いない。
各局の報道にあるとおり、未曾有のテロ事件だった。スマートフォンに釘付けになった生徒たちは口々に驚きの声を上げる。
「うわ、何だよコズミックリリーフって……」
「また変な宗教出てきた」
「私この駅の隣から利用するんだけど!」
ざわめく教室。
そこには千梨と里音、明もいた。
どうなるのだろう……、千梨が心配するのは、学校や自分たちの平穏だけではない。
先日から行方の知れない晴太はどうしたのかということでもあった。
昨日も連絡が取れなかったため、今朝様子を見に行った担任の黒沢から、玉本の自宅は誰もいなかったということを知らされた。
当然、玄関扉は施錠され、何度インターホンを押しても返事はなく、欠席の扱いになったが、千梨はどこか胸騒ぎがしてならなかった。
――玉本くん、まさかこの事件に巻き込まれたんじゃ……。
見ると、明と里音も心配そうに暗い顔をしている。
里音と明は立ち上がり、真ん中の列の一番前にいる千梨の席へとやって来た。
「ちーちゃんも気にしてるんでしょ?」
里音は曖昧な言い方をしたが、千梨には意味が通じた。
「そりゃもちろん」
「アタシだってそうだ」
明が腕を組みながら言う。
「一体何があったんだろう……」
千梨が言うと、三人は窓の外の景色をその場から望んだ。
空はどんよりとした天候だった。
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