第四章 人の迸発②
高田馬場駅から新宿駅までは距離としてもそう遠くはない。同じ区内でもある。
新宿駅にはいくつものホームが混在し、毎日多くの人が利用する。駅と繋がるビルの屋上にはバスターミナルがあった。
複数存在する駅の出入口の一つである南口。そこに面した道端に、コルセットとそれに付随した固形物が通行人によって発見されたとのことらしい。
爆発物処理班も同時に向かっているとのことだった。
米沢は短く刈り上げた頭髪をボリボリと掻き、ドリンクホルダーに置いた微糖の缶コーヒーを一口飲んだ。
「あまり甘いのは飲みすぎるなよ……」
館山から注意を受けた。
「一日三本て決めてるんですが、こういう珍しいことが起きると、無性に飲みたくなってしまうみたいなんです。それも今日になってわかりましたけどね」
覆面パトカーのサイレンを鳴らし、パトランプを点灯させたまま、道を突っ切っていく。サイレンの音で聞こえにくくならないよう二人は少し大きめの声で話した。
「俺なんか毎晩ビールや日本酒だったからな。お陰で糖尿の薬に厄介になってる」
「缶コーヒー見てたらビール飲みたくなったんですか?」
「馬鹿言え!」館山は苦笑しながら、
「缶コーヒーなんてお子ちゃまの飲みもんだ。酒は大人の嗜みだ」
「ちょいと偏見ですよ」言って缶を手に取り小さく振ると、飲み干したあとだった。
当然ながら新宿駅も、朝の通勤ラッシュで人の群れが出来上がっていた。
駅という場所柄、仕方がないにしてもすでに消防車や救急車など数台が待機し、交通規制も行われている。
南口の改札付近では、警官が別の出入口へと人々を誘導していた。
拡声器で避難を促す警察官。見間違いでなければ現場上空のヘリはマスコミのものだろう。
人の群れの中には、スマートフォンで撮影している者も複数いた。撮影したものをテレビ局へと持ち込んだり、ネットで流したりという趣旨だろうが、爆発すればそれどころではない。
コルセットの位置は、駅ビルの壁から通路を挟んだすぐのところにあり、現在、そこから数十メートルの範囲に半円を描く空間ができあがっていた。
その周りを、警察車輌などが囲む。
そこに確保した爆弾を保管し運搬する、爆発物処理車があった。白地に水色のラインが入った外観。処理物収納筒というドラム缶のような入れ物と爆弾の機能を停止させる液化窒素を車輌のうしろに乗せている。
そしてその付近に停まる、爆発物処理用重機。トラックの後方に乗せられ、一見すると油圧ショベルにも見えるが、細かな作業に向いたマニピュレーターと、爆風を防ぐ防壁を備え、車体の色が青というのが特徴で、キャタピラではなくタイヤで動く。
防護服を纏う処理班の人間。
その防護服にも特徴的なものがある。頭部から胸部にかけて、爆発から守られるよう、しっかりとした造りで、大きな襟のように突き出たパーツに隠れるようにして、顔前面にある透明のフェイスガードが埋もれている。
衝撃に耐えられるよう、微塵の隙間もなく装着されている。冷却用のファンも搭載しており、スーツはやたらと大きく、重い。
それを着込んで、重機へと乗り込む処理班員、神崎は、当番制でたまたま今日が自分の番だったことに、心底落胆していた。
――いくらこんなもん着込んでても、爆発に巻き込まれたら生存率は低くなるんだよな……。
トラックから下り、重機を操作する。
「処理機搭乗完了。これより爆発物の処理を開始する」
無線で報告し終えると、改めて爆発物に視線をくれた。
地に放置された爆薬を搭載したコルセット。神崎の操作する重機はそれに近づいていく。
――ドリクエ、もっと遊びたかったな……。
最近購入したテレビゲームを、完全に堪能することができず、自分にこんな危険な役目が回ってきたことを再び嘆く。
ドリームリクエストという、キャバクラを疑似体験できるゲームだった。課金によって、好みの女性キャラクターの下着や服を買うことができる。
もや、と一瞬思考がゲームに傾きかけたが、目標物を目前に、そのイメージは潰えた。
一時停止。重機の先に伸びたアーム部分を手元にある操作レバーで動かしていく。
「こちら皆口。大丈夫か、神崎」
先輩である皆口が無線で尋ねる。スーツには無線も搭載されているため、頭部が密閉された状態でも会話は成り立つ。
「はい、大丈夫っす」
「目標物は時限式だ。発見時、残り時刻は三十分を過ぎていたらしい。すでに二十分は経過している。焦らずやれ」
はい、と返答し、防壁の覗き穴から爆薬を凝視する。
マジックテープで腹を覆うことのできるオーソドックスなデザイン。その少し横の部分にアナログ時計があり、そこからいくつもの導線が、コルセットの後ろ側に付いている固形物と繋がっている。固形物が爆薬だろう。
三枚のコルセットは折り重なるようにして放置されていた。三枚をひとまとめにして重機の先で掴んでいく。
「爆発物確保」はっきりと述べ、再び重機を動かす。
ドラマや映画のように、赤か青かで悩まなくてもよいのだが、これはこれで危険であることに変わりはない。
合計で三枚の爆弾つきコルセットが、道の傍らに放ってあったということだ。
そして勘違いなどでなければ爆発まですでに残り五分ほどにまで経過したと思われる――。
液化窒素入りの収納筒を搭載したトラックまで重機に乗ったまま近づいていく。収納筒の蓋は開けられ、そこにコルセットを入れれば一時的に処理は完了する。
アームを動かし、爆弾を収納筒へ入れようとした。
ところが三枚の内の一枚が、収納筒から外れ車輌の脇に落ちた。
針はとどまることを知らない。すでに二分経過。
アームを動かそうとするも、上手く作動しない。
「焦るな神崎」皆口が言うも、これは焦燥からの誤操作ではなかった。
「アーム故障の模様……」
無線で述べ、唾を飲み込む神崎。異物が喉を過ったような感覚だった。
「手動で処理します」
「大丈夫か?」
「それ以外に方法はありません。残りは何分で?」
「一分を切った」
皆口が言い切る前に神崎は重機から降りコルセットに近づいていた。
「大丈夫か? 落ち着いて処理に当たれ……」
安心させるように、皆口の声は静かだった。
コルセットの時計は残り三十秒を示している。
コルセットを手で掴むと、まるでこの世の物ではないものを手にしている気がした。
幼い頃、山に住んでいた神崎は、蛇の死骸を手掴みして友人たちに見せびらかしたことがあった。
似ている感覚があるとすれば、それだろうか。
嫌がる女子と男子。それを見て神崎に一切近づこうとしない。
頭のつぶれた蛇を持った感覚と、爆弾つきコルセットを持った感覚とが折り重なって、一瞬、そんなふうに当時の光景が蘇った。
フェイスガードの内側で小さく頭を横に振る。
時間が来れば、死ぬ確率が増える。生存する確率がないとも言える。胸や顔は助かっても、脚や指先を失う懸念はスーツの造りから言って、やむを得ないものらしい。
死ぬと言う感覚を経験していないからか、神崎は無言で職務を全うすることに集中した。
――本当に死んじまうのか……。
走馬灯のように、今までクリアしてきたテレビゲームのキャラクターたちが脳裏を過った。
とあるRPGのお色気キャラ。巨乳のお姉さんキャラなど、女性キャラクターたちの胸部の膨らみに思考が及ぶ。
「残り十秒……」
皆口からの無線が聞こえた。
「十、九、八……」
死へのカウントダウンか。これも皆口の配慮だろうが、一瞬皆口が悪魔のように思えたのは、この秒読みのせいか。
「五、四、三……」
収納筒にコルセットを放り込む。
筒の中でしゅうしゅうと音を立てている爆弾。液化窒素で一時的に機能を止められるが、人気のない土地で改めて爆発させることで、処理は完全なものとなる。
「収納筒への投下完了」と神崎が落ち着いた語調で無線へ伝えた。
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