第五章 残るしこり①
コズミックリリーフによる大事件は、生放送で全国に広まった。
連日連夜テレビで放送される事件の経緯。加害者側の謎めいた動機には憶測が飛び交い、一週間が経った今でも、民衆の多くは不安がり、被害者の家族はマスコミからの理不尽な取材を受けた。
玉本家も例外ではなく、事件を目にして静岡から駆けつけた叔父が、マスコミの相手をした。
都営団地の三階の角部屋。その晴太の家の前に群がる報道陣たち。近くに階段があり、部屋の入り口から階段まで、びっしりと報道関係者で埋まった。
そこで次々と質問される、叔父の玉本武。父の兄で年齢差は三歳ほどだ。武の髪は、歳のわりにボリュームがあり、四十代前半でも働き盛りには違わず、圧迫するかのような報道陣の群れの前で、堂々と質問に答えようとする。
「甥に当たる方が、学校に爆弾を持ち込もうとしたそうですが、ご本人は何かおっしゃってましたか?」
「何も。今甥は精神的にまいってる状態なので、取材はお控え願いたいんですがね……」
声の感じからしてもまだ若さを保っている武だった。
「爆弾を学校に持ち込んだか伺ってるんですが?」
「私はその一部始終を見てないのでわかりません。持ってなかったと思いますよ」
「今後、どうされるおつもりですか?」
「どうされるって、正直に答えられないことじゃないですか?」
「それはどうしてですか?」
「わからない? 追いかけられたり、家を突き止められたりしたら嫌な目に遭うのはあなた方にもわかるでしょう? そういう理由から答えられません」
入院することになった晴太は、病室から出、トイレに向かう途中、受付近くの天井にぶら下がったテレビから、その様子を見ていた。
声は変えられ、顔にもぼかしが入っていたが武だとわかった。声の感じから、苛立ちをあらわにしている。
精神的な治療を余儀なくされた晴太は、心情が整うまで、病院で過ごさなければならなくなった。
母の友美も、同じ病院で入院している。友美の場合は晴太よりも深刻で、精神も深傷を負い、頭部も怪我していた。骨が陥没するほどではなかったものの、自爆した五味たちの下の階におり、発見時は切り傷からか出血していたという。
晴太がこの時、多少、回復の兆しを見せていても、友美は以前よりも眠ることが多く、会話もままならなかった。
武は報道陣が帰ったあと、スマートフォンで自分のことを書き込まれていないか調べた。武もスマートフォンを持つ現代人だ。傷つくとわかっていても、自分のなりふりが気になったというのと、テレビで発言したことが初めてということもあり、ネットの住人たちの反応を窺ってみた。
〈素直に爆弾持ち込んでないって言えねえのか?〉
〈ほんとに持ち込んだから言えねえんだろ〉
〈このおっさん、マスゴミにキレててワロタ〉
〈こいつが犯人〉
武はその言葉群を読んでしまったことを、激しく後悔し、晴太にもそのことを話した。
「どうして玉本くんは、友達を巻き込んでしまうかもしれないのに、爆弾を持って、学校に行ったんだろうか?」
何日かが経ち、白いベッドの上で半身を起き上がらせる晴太にストレートな質問を投げ掛けてくる、一人の若い刑事。
その横でメモの準備をする壮年の刑事もいた。
若い刑事は米沢と言い、壮年の刑事は館山と名乗った。
警察からの聴取だった。彼らとは何回か面識があり、いずれの会話もコズミックリリーフに関する事件の聞き取りだった。
晴太は事件のショックからはまだ抜け出せず、あまり人と話したくはなかった。
報道関係者であれば、門前払いもできたかもしれない。だが警察となると断ることよりも、ことの顛末を聞いてくれ、それが、テレビやネットのように不審な何者かの耳目へと、武の時のように間接的に触れることもないと思い、また、自分の心模様も聞いてもらえると思ったので受け入れた。
今日は爆弾を携行したことよりも、なぜそのような行為に至らなければならなかったのかを聞かれた。
そんな米沢の質問に、晴太は少したじろいだ。
「すいませんね。こいつまだ口の利き方がなってないんですよ……」
館山が米沢の後頭部を掴み頭を下げさせる。そして咳払いすると、玉本さん、と館山は続けた。
「私も警察である前に人間ですから……。聴取云々よりも、玉本さんがどうして教団と関わり、あのような行動に移ったのか、少しでもいいので、教えていただけませんか? 人としてあんな極端な行動に出た玉本さんの心境を伺っておきたいというのもありまして……」
晴太は口を開いた。か細い声が口から漏れていく。
「僕にもわかりません。ですが、五味が父に似ていたっていうのが僕とあの宗教との関わりをもつきっかけだったのかもしれません……」
「父親に似ていた……?」館山は目を丸くした。
「五味に従った理由はいくつかあります。テレビとかで観てるかもしれませんが、脅されて怖かったのと、幹部の中にスタンガンを持った奴がいて、一度それでやられていたので、逆らえませんでした。教団の施設の奥の方にいてすぐには逃げられませんでしたし、仮に外に出られたとしても、敷地内から出られるかわからなかったから……」
館山は熱心にメモを取っていた。晴太は続ける。
「学校まで行ったのも、恐怖から行かざるを得なかった……。それと……」
二人の刑事は、静かに次の言葉を待った。
「父と五味の顔が被って……。僕は、五味を否定したかった……。でもあいつの顔は父だった。従えば父に会える……そんな妙な安心感があったのかもしれません……」
「従えば会える、というと……?」米沢が尋ねる。
「爆弾で死んでも、天国にいる父に会えるんじゃないか、と……。僕はただそう思い込んでいました」
口元が震える。勇気を持って自分の正直な気持ちを吐露したからだろうが、次の言葉を言うには、さらに勇気が必要だった。
「五味と出会ったことで、また父と会ったかのように錯覚したんだと思います……。表では否定していても、どこか父と面影を重ねていた……。父にまた会える、それは僕が爆弾で死んだあと、五味に従った僕が、報奨みたいな形で父と再会できると変に思い込んでいたからかもしれません……」
曖昧な言い方だった。それも仕方がない。事件から数日が経ち、教団の施設で嫌な目に遭ったり、爆弾を携え学校に行ったりしても、このときの晴太にはそれらの記憶が漠然としていた。
恐怖心からか精神的に追い込まれ、それがきっかけで記憶がぼやけていたというのもあるだろう。
館山は驚きの表情を見せると、こう口にした。
「あの教団の生と死に対する見方みたいなものに毒されていたんじゃないですか? たしか、教団のために身を睹して死ねば、天国へ行けるだとか聖人になれるだとか……そんな教えだったと思いますが……」
館山の問いに、晴太はこう返した。
「いえ、その教えにならったというよりは、個人的な思い込みに近いと思います。今言っていた教えも初耳でしたから……。馬鹿げてますよね……。僕は五味の教えを否定したかったのに……」
正直に伝えた晴太の今の心境は、動揺に侵されていた。この二人の刑事に手錠をかけられ、連れていかれるというような、稚拙な想像も安易にしてしまった。
晴太のそんな空想とは違い、館山は穏やかな口振りだった。
「五味と親父さんの顔が瓜二つだったというのは、五味も理解していた。それは先日玉本さんから伺いましたが……。そうですか。もしかしたら顔が似ているというのを五味も利用していたのかもしれませんね。あなたをコントロールして、五味が望んでいたシナリオ通りになるように導いた……。そう考えてもおかしくはないでしょう」
館山の推測を耳にした晴太は、少し気持ちが落ち着いた。謎解きのための推理を聞かされただけのような気もしたが、ある種の共感も抱いてくれたように感じられた。館山は続ける。
「でも、あなたは爆弾の恐怖に屈せず、他の生徒に逃げるよう促したそうですね。それは立派なことですよ……」
館山が一言述べると、今度は米沢がこう続けた。
「そんなときって自分のことしか考えられないと思いますよ? 君は何も悪くない……」
微笑む米沢。
できればまた父と顔を見合わせたかった。
それが五味に従ってしまった、一つの理由だ。五味の指示が父の頼みごとのように感じられたのだ。また、五味以外の幹部に恐怖心を植え付けられ、抗うにも抗えない状況だったというのもある。
もし、自分以外の人間が、心に強かさを持っていたとして、あの暗い密室で複数の人間に迫られたとしたら、アクション映画の主人公のような立ち居振舞いができただろうか。
少なくとも自分にはそれができなかった。物語の主人公を演じることはできなかった。
米沢と館山は笑みを微かにたたえつつ、しばらく世間話をすると帰っていった。
その後、武の話では、家の前にマスコミの関係者が押し掛けてくることも少なくなったという。
警察の会見で、晴太自身も被害者であり、脅されてそのような行動に出たと伝えられたようだ。そもそも、爆弾ですらなかった、という警察の助力にも似た捜査結果による記者会見を経て、玉本家を襲う各局各紙のメディアの影もほとんどなくなった。
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