第五章 残るしこり②
二ヶ月後――
テレビのワイドショーなどでは、カルト教団、コズミックリリーフが引き起こした大事件の話題で未だ持ちきりだった。
死傷者百名以上とされる大惨事に、各局も躍起になっているようだった。
「従わなければ殺されると思った……」
おぞましげなナレーションと共に、テレビ画面に映る、初公判のイラスト。
「逮捕された幹部四名、そして逃亡していた二名の信者たちと、学校前で捕らえた信者二名。それぞれの初公判が先日行われました。そこで信者の一人が語った、恐ろしい教団内部の闇とは……」
映像のあと、カメラは生放送のスタジオに移った。
タレントたちが雛壇に座り、司会者とアナウンサーが話す。
画面を覆うフリップには、事件の概要と公判の様子などが所々シールで隠され、アナウンサーと司会者の進行具合で、そのシールが剥がされていく。
「教祖である五味秀哉容疑者に心酔する幹部もおり、彼らによる脅迫まがいの行為で教団の信者たちは従っていたとのことです。あそこまでの強行に至った理由が、教祖のみならず、幹部の一人に脅されていたからだと……どう思います?」
あそこまでの強行、とは駅前爆破事件も含まれるが、主に五味が複数の信者と爆死し警官隊も巻き込まれた大惨事のことを言った。
司会者に促されると、雛壇にいるタレントがこう述べる。
「きっと信者たちをマインドコントロールするために、日頃から恐怖を植え付けていったんでしょうね。恐怖の対象とも言える相手には従ってしまうという心理も人間にはあると言いますから……」
「しかしですねえ……」
司会者が得々たる態度で話す。
「犯行に及んだ理由っていうのが、何でしたっけ? 世の中の理みたいな見えないものに対しての憎悪とか、それで犠牲になった人もいるんですよ……。僕には到底理解できないことです」
「その教団の教祖だった、五味秀哉とはどのような人物だったのか。見ていきたいと思います」
とそこで、アナウンサーから出自を公開されてしまった。
何年にどこで生まれ、どんな学校を卒業したか。そしてなぜ、教団設立に至ったのか……。
経歴的な部分では、あまり特色はないが、幼い頃から不動産会社の社長の家に生まれ、不便なく過ごしてきたとされる。しかし、在学中に父親の会社が倒産し、一家離散となった。その後の生活は言及されなかったが、水上という名の宗教家と知り合い、被災地などのボランティア活動に積極的に参加していたようだ。
宗教の学校を出ているという五味の経歴に、スタジオ内の空気は変わった。
「神様か仏様を信じてる、という割には、教団の教えである宇宙というものとは違うような気もしますね」
司会者の言葉に、長年コズミックリリーフのことを調べていた記者が持論を述べる。
「独自の解釈だったんでしょう。一つの教えから派生していったり、もともと多くの教典があって、その中の一つから感銘を受け、宗派が乱立し、また分裂していったところもありますからね」
宇宙が胸の内に秘められている。その教え自体にも既視感があると、タレントの一人が言う。司会者が再び仕切り始める。
「さあ、そして今回、新宿駅爆破未遂事件の逃亡犯も捕まり、多くの人がいる中で爆弾の付いたコルセットを放置して逃げたことについて、警察の取り調べでは、こう供述しているとのことです」
再び画面が別の映像に切り替わる。
「怖くなって逃げた……」
ナレーションが告げると、続いてナレーターは事件の大まかな概要を伝えた。
人通りも多く、車の通りも多い新宿駅周辺。
新宿駅を少し加工した映像が流れながら、このVTRの最初の一言である台詞が、逃亡を図った信者の動機であると報じられた。
「やっぱり死ぬのが嫌だったんですかね?」
映像が終わると、司会者はそう呟くように言い、記者の一人に目を向ける。
その目の先にある人物、コズミックリリーフを取材してきた記者が再び語り始める。
「こういう矛盾のあるところが、宗教の限界といいますか……。確かに世界的に有名な宗教もありますし、多数の方が幸せになったという話も聞きますが、幸福を得るために自分の命をなげうつというのはどうにも矛盾しているなと思うわけです……。ましてや死などといったことを強制するこのやり方には怒りを感じますね」
晴太は、リモコンを掴み、チャンネルを変えた。
他のテレビ局では、コズミックリリーフに潜入捜査をしたというある警察官の報道が流れていた。
「約五年間にも渡って教団に潜入し、証拠となるものを集めていったという、ある警察官もいたとのことらしいですね」
司会者が言うと宗教に詳しいジャーナリストが、画面の中央に映し出された。
「五年くらい前に、小学校をターゲットにした爆破予告と、結果的に爆発にいたってしまった大事件がありましたよね? それ以前にも様々な宗教絡みの事件が起きてますから。警察も怪しいと思った宗教には、事前に調べがないと、事件が起きたあとの逮捕になってしまうので、そうすると過去の二の舞ですよね。潜入捜査してこの被害ですから。動かなければもっと被害は拡大していたでしょう……」
各局で取り沙汰される二ヶ月前の大事件。
公判を皮切りに、次々と教団の内情があらわになっていく。
晴太は、自分が当事者であったがために、知らないところで自分が話題になっていないか気が気でなく、四六時中チャンネルを変えながら、自分の犯そうとした事柄によって後ろ指さされていないか確かめていた。
七月も中旬を過ぎていた。
静岡県のある山中。晴太は叔父の武に預けられていた。
武と祖母の二人暮らしで、武はガソリンスタンドの従業員、祖母は七十を越えていたが、溌剌と役所の雑務をこなそうと出掛けていく。武は離婚経験があり、一人の娘がいたが、母親に預けられている。
事件以来、学校には通わず叔父の家でテレビを見たりネットを閲覧したりして過ごした。
二週間に一度、心療内科に行った。医師と話をし、薬も服用するようになっていた。
居間のテレビを消し、今度は隣の部屋にあるパソコンへと向かった。
動画投稿サイトや、コミュニティなどに行き、自分の行ったことが知らぬ間に拡散されていないか、心持ちは張りつめた糸のようだった。
テレビで見たり、武の口から告げられた、マスコミとの接触が多々あったと言うのは、最初の数日だけに留められたらしい。以後、ネットの掲示板では悪意ある言葉も目立ち、武にはネットの閲覧を禁止された。
なので、武が働きに出ている間は、ネットで自分のことを探れるチャンスだった。そうしておかなければ妙に落ち着かなかったのだ。
事件に関連する小さな画面が、ずらりと並ぶ。その中に気になる画像を見つけ、クリックする。
「ミスターユーの直撃、ことの真相ー!」
暗い画面にナレーションが入る。
道を歩くシーンに変わった。その道は晴太にも見覚えのある道だった。
携帯のカメラで撮影された狭まった画面に映るのは、紛れもなくクラスメイトだった上野だ。
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