第二章 おもむろな接近①

 ムックリはずんぐりむっくりでした。

 ある日、学校の先生から言われます。

「お前はどうしてそうずんぐりむっくりなんだ。皆と同じになって仲良くなりなさい」

 ずっと独りだったムックリは、友達を作るため、運動をしたり、体操をしたりしてずんぐりむっくりな体を直そうとしました。

 しかし体はずんぐりむっくりなままでした。

 クラスメイトが言います。

「ムックリは、本当にずんぐりむっくりだね。僕はそんな人と友達になんてなれないよ」

 その一言で教室中の生徒が騒ぎ始めました。

「ほんとうにそうだね」「なんであいつはあんな体なんだろう」「気持ち悪いね」「あんなのと友達なんて嫌だよ」

 泣きながら帰り道を歩いていると、雨が降り始めました。

 強い強い雨でした。傘も持たずにずぶ濡れで歩いていると、雲間から光が差し込んできました。

 そのとき、どこからか声が聞こえてきたのです。

「私は宇宙です。あなたも宇宙です。あなたはそれを解放することができます。あなたの中のグツグツと煮えたぎった感情を爆発させればあなたも宇宙になれます。あの場所で爆発すれば、皆で仲良く宇宙になれるのです」

 ムックリは宇宙の言葉を信じ、次の日の朝、それを実行しました。

 ぐつぐつと煮えたぎった感情。それはある種の怒りかもしれません。しかしムックリは誰かに怒りをぶつける前にこの宇宙の言葉を信じてみようと思ったのです。

 心を解放させること――。

 それは自分の中の本当の自分。誰もが持つ善の心を現実で表現することだったのです。

 それこそが宇宙。遠大で不可思議なあの空間は人間の優しさと同じなのです。

 爆発したムックリは、クラスメイトと幸せになりました。

 めでたしめでたし。


 ホール中に拍手が起こった。

 壇上に下ろされたスクリーンに映し出されるアニメーションと、優しく語りかけてくるかのようなナレーション。

 その観客の中に、晴太と晴太の母、友美の姿があった。

 コズミックリリーフの集会に訪れた二人。

 横にいた友美は、黙って聞いているのかと思いきや、うとうとと舟を漕いでいる。

 出入口は観覧席の後方に、左右と中央の三ヶ所にあった。晴太たちは左側の一番後ろに座っていた。

 集まった人数としては、まあまあと言ったところか。中央に密集しているが、所々空席も目立つ。

 晴太の周囲も人影はまばらだった。左の出入口からは近いので、逃げようと思えばすぐに逃げられる。

 アニメの内容としては、晴太の警戒心を解くほどのものではなかったと言える。

 ちょっとした個性の窺える小話だが、言っていることがほとんど理解できない。

 このまま帰ろうかと思ったものの、会場の両脇に延びる階段には、係員らしき人間が立ち、トイレ以外に会場の外へは出られなさそうだった。

 そんなことを考えていると、壇上で一際大きな椅子に座った、白い髭を蓄えた男性が、司会の進行を遮って演台の前に立った。

 ――あれがいわゆる教祖ってやつか?

 凝視するも背丈が高い以外、顔の作りなどは遠すぎて見えなかった。

「お忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。コズミックリリーフ会長の、五味秀哉と申します」

 マイクからずれて一礼する。

「演目はいかがでしたでしょうか? このあとも歌や踊りなど、当団体が製作したものをお見せする予定です。このように文化を育んでいくことで、教団の外の方々と友誼を図るという企画でして。気に入っていただけるかどうか、個人個人好みがあるかとは思いますが、そrについてはまた、コズミックリリーフのスタッフ間で協議していく次第です。ともすると、私がここでお話しするのは早すぎたことかもしれませんが、先ほどのアニメーションの注釈という意味合いで、少々お時間を取らせていただきます」

 拍手が起き、静かになると、横にいた母が目を覚ましていたことに気づく。

「私たちは、生老病死という悩みと常々戦っています。生きることと老いること、病と死という事柄はそれぞれ四つの事柄に具足することでもあるのです。つまり人々はこの四つの縛りに囚われ続け生きていかなければならない。アニメーションにあった心の爆発というのは、コズミックリリーフ設立以来掲げてきた、宇宙の解放という意味があり、それは人間の内側にあるとされる、優しさや、慈悲、愛というものの解放でもあるのです。それこそが人の真実の姿、無限に広がる大宇宙のような寛容さが秘められていると言っても過言ではないでしょう。この教えをなるべく早く皆様にお届けしたく、こうしてお伝えしました」

 などといった講釈を垂れ、五味の話は終わった。

 晴太は正直、いてもたってもいられなかった。

 速やかにここから出たい、その思いに駆られ、母の手を引っ張った。

 母は動きが鈍く、渋々といった感じだったが手を引かれるがまま晴太と会場から出ようとした。

「どちらへ?」

 当然ながら、階段に待機していた係員から呼び止められる。

「ちょっと母の調子が悪くなったので……」

「救護室行きますか?」

 そんな場所も用意しているのか、と一瞬驚いたが、

「いえ……もう帰り……」

 と述べようとしたところで、わあっと中央の集まりから歓声が起きた。

 見ると五味が舞台の中央でマイクを片手に、

「さあ、皆さんもご一緒に!」

 ドーン、ドーン、あなたもドーン、私もドーン。ドーン、ドーン、世界がドーン、地球がドーン、宇宙がドーン。

 会場にいたほとんどの人間が、万歳の仕草をする五味と同じ動きをしながら、そう声を張り上げた。

 傍らにいた係員もそれを真似た。

 一体、何の掛け声というのだろう。

 晴太のその疑問に答えるように、五味が壇上から言い放つ。

「さあ、もっと声を高らかに! これを唱えれば心の宇宙が大きくなります。心の中の優しさや親切心などが温まり、より人に優しくしていこう、親切にしていこうという気持ちが大きくなるのです!」

 何度もその奇異な文言を繰り返す様に思わず見入っていた晴太だった。

 一緒になって唱えていた男性係員は、途中で詠唱をやめ、近くにいた女性の係員に指示した。

「お母様が具合悪いそうです。救護室へ」

「はい」と女性の係員は晴太と母を案内しようと、会場から出た。

「すみません」

 慌てながら、晴太は声をかける。

「僕たちはもう帰りたいのですが、いいですかね?」

 女性の顔は、白くて丸い頬に、厚い唇と細い目があった。特徴と言えるものは一見見当たらないが、よく見ると右の耳たぶにほくろがあった。

「ええ、大丈夫ですよ。お気を付けて……」

 女性はあっさり晴太たちをエントランスまで送ると、難なく外に出してくれた。

 足早に歩きながら、後ろの母に声をかける。

「カルトだよカルト! あんなのに入会しちゃダメだからな、母さん!」

「でもお」と母が反論する。

「言ってることは間違ってないと思うのだけど……」

「どこが?」

「心に宇宙くらいの優しさや寛容なものがあるって言うのには賛成よ」

「そんなの誰が観測したんだよ。根拠なんてあるのか?」

「宇宙くらいってのは大袈裟だけど。私、それくらい優しい人見たことあるわ」

 立ち止まると、母も止まった。晴太は母を見下ろし、

「誰だよ?」

「晴太、あんたのことよ……」

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