第四章 人の迸発④
黒いワゴン車が道を行く。
狭い車内で、晴太は座っていた。腰に爆弾を付けて……。
従うほかなかった。丁重に断ろうとしても、相手はスタンガン片手に学校へ向かえ、自分を爆発させろ、と強く言ってくる。
整列した一団からはみ出た生徒を、手をあげて無理矢理整列させるかのように。
それは今も変わらない。
横にいる女性信者と後部座席に座る男性の信者。車を運転するのも信者だ。後部座席の男性信者の手にはスタンガンがあり、晴太は従う以外の思考がなくなっていた。
――なぜこんな危険なことに黙って従ってるんだろう……。俺はただ、人に優しくなろうと思っただけなのに。母さんを取り戻したかっただけなのに……。
車のフロントガラスに水滴がいくつか付着すると、雨天に変わったのがわかった。
どうやら天候は荒れ模様らしい。
暗鬱な空の下、黒いワゴン車は目的地へとひたすら走っていた。
やがて目的の場所に到着したようで、車は停止した。
晴太は校舎に視線を向けた。
見慣れた白いコンクリート造り。グラウンド前のフェンス越しから見えるのは東棟だ。晴太が通っている高校と同じ風景に間違いはなかった。
ワゴン車の引き戸を開け、横にいた女幹部が、晴太の両肩に手を乗せた。後部座席の男性は瞑目し、ドーン、ドーン、あなたがドーン、私もドーン……などと呟いてている。
「気を付けてね……」
女性が言った。よく見ると右の耳たぶにほくろがあった。
「宇宙的な救済、あなたはその役目になるのだから。そうでなくとも、あなたは大丈夫なのよ……」
「早く行かせろ!」
運転席の男が怒鳴った。
晴太は緊張のあまり、声が出なかった。女性は一緒に車を降り、ドアをスライドさせると晴太の背中を優しく押した。
――俺は死ぬのか……?
雨の中、俯いたままひたすら校門を目指して歩く。
守衛に遅刻したことを伝え、生徒手帳を見せると、そのまま通してくれた。
校門からは東棟、西棟、そしてそれを繋ぐ渡り廊下が見えた。
やがて昇降口へとたどり着く。
今も爆弾の時計は動いているのだろうか、と腹の辺りに手を添えるが、制服のブレザーを捲るのは止めにした。
脇腹の少し大きめな膨らみは、間違いなく爆弾だ。変に刺激し爆発したら厄介だが、結局教室に行くということはそういう結果をもたらすことでもある。
今からでも職員室に行き、先生に伝えるか……。しかしそこで爆発してしまう恐れもある。校門を出てひと気のない場所へ行くこともできるが、途中で爆発する可能性も否定できない。グラウンドで自滅することもできるだろう。しかしグラウンドの方からは、ホイッスルの音や掛け声が聞こえ、授業中のようだった。校舎を囲むフェンスの向こうには乗ってきた教団の車があり、それを無視して自分が爆発することもできるが、やはりそれには抵抗感しかなかった。
晴太がこのような行動をやめられないのも、そうした被害妄想にも似た予想と、父の相貌に酷似した五味からの指示があったからだ。
それに対する疑念も今の晴太からは思い浮かばなかった。
なぜ父に似ているからといって、こんな無謀なことを行えるのか……。
なぜ父に似ているからといって、友人たちを巻き込もうとしてしまうのか……。
それは出発前に見かけた他の信者にも言えた。
特に彼らは、五味と自分たちの父親との関わりは晴太に比べ薄いはずである。
それもある種のマインドコントロールというものだろうか。
廊下を歩く足取りが重い。
汗ばむ体。額にも汗が滲みそれが頬を伝う。口内も渇いている。瞳は漠然と連なる教室の生徒や教員の影を捉えながら、ようやく自分の教室へと入った。
注目する、クラスメイトたち。
一人戸の付近で立ち尽くす晴太。そこへ三人の女子が駆けつけてくる。
「体の調子はもういいの?」
千梨が気にかけてくれた。
「大丈夫かい、玉ちゃん……」
いつになく里音の顔は曇り顔だった。
「元気の出る楽曲教えてやってもいいぜ?」
照れ臭さを隠すかのように、少々上から目線の明もいた。
「あ、うん、大丈夫だよ……」
自分では気づかないくらいのふらふらした足取りで、窓際の最前列に最後尾から歩いていこうとした。
「おい」と手首を掴まれる。
見ると着席していた上野だった。彼は晴太を睨み付け、
「この間のこと先生にチクったらしいじゃねえか……。おかげで怒られちまったよ……」
「それにしても……」
グラウンドのフェンスの横に停めた車中で、女幹部は悲しい顔をした。
「いいんですか? 宇宙の顕現があの少年だけで」
「俺たちは老師から選ばれた人間だ。宇宙を顕現したあと、世界を見守るという役目を負った、な……。そろそろだな……」
運転席の男が校舎に目をやった。
女幹部も後部座席の男も、同時に学校へ視線を投げた。
上野は立って、晴太の首に腕を回し、
「この落とし前つけてくれるんだよな……?」
晴太は何も言えなかった。
爆発まであとどれくらいだろう。死を目前に控え、上野のこうした脅しが小さいもののように思える。
憐れむかのような目でもしていたのだろうか。背後の上野を横目で捉えていると、彼は回していた腕の力を強め首を絞めてきた。
「五万持ってきたら許してやる……。いいか、五万だ……!」
そこで、上野は晴太の腰の辺りの異変に気付いたのか、
「お前なんか持ってんだろ」
ブレザーを捲り、その存在に気づく。
「何だこれ?」
晴太は、ようやく仕返しの一撃を見舞うかのように、はっきりとこう言った。
「爆弾だよ」
「ばく……、はあ?」
教室全体がどよめいた。
「嘘つけ!」上野が狼狽しつつ言うと、
「嘘じゃない……」
「あれじゃねえ?」上野の下っ端の一人が言った。
「朝、駅の近くであったっていう……」
「ま、まじかよ!」
さらにどよめきが増す教室。晴太は思いきって叫んだ。
「皆逃げろ!」
一瞬、その叫びに教室が静まった。
「俺は爆弾を持っている! 早く逃げるんだ!」
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