コズミックリリーフ
ポンコツ・サイシン
プロローグ
ズングリはずんぐりむっくりでした。
毎日頑張って働き、お金を稼いでいましたが、ある時、会社からリストラされてしまいました。
「どうしよう……。家賃や食費を払うことができなくなってしまった」
人と話すのが苦手なズングリは、家に籠るようになります。
元々、物事に対して否定的なズングリは、友達もおらず、ましてや社会人。容易く親に助けを乞うのは、ズングリには難しかったのです。
雨が降っていた日でした。
ざあざあと強い雨は、ズングリの心を憂鬱にさせるのでした。
友達もいない。親とも疎遠。相談する相手もおらず、ズングリの心はどんどん暗くなっていきます。
ベッドに潜っていると、どこからともなく声が聞こえてきました。
「私は宇宙。万物の根源です。あなたを救いに来ました」
寂しかったズングリは素直に宇宙からのメッセージを受け取ります。
「優しさの爆発です。人の多いところで優しさを爆発させるのです。そうすればあなたは宇宙となり、巻き込んだ人々と共に、幸せになれるでしょう」
思い立ったずんぐりは、すぐに駅に行きました。
都会の片隅の小さな駅。早朝だったために駅の中は混んでいます。
ズングリは泣きながら、優しさを爆発させました。
次々と人々が優しさに包まれ、一緒に宇宙となりました。
こうしてズングリは宇宙の言う通り、幸せになったのです。
夕刻の空が、学校を赤く染める。
一階にある教室を、学校の外に待機する、多くの警官たちが注目していた。
大音響と共に、一階の教室の一室が黒煙を迸らせる。
教室の窓ガラス全てを突き破り、黒板や机、椅子、掲示物のほとんどが吹き飛んだと同時に、赤い炎が噴き上がった。
一人の警官が呆気にとられた表情をした。
「まさか、発見には至らなかったということか?」
爆破予告があり、学校を臨時休校にした。
爆発物の処理のために、小型の処理機を操作して回収、液化窒素の入った筒の中へ入れようとしたが、発見に至らず、爆発してしまった。
時刻は夕方四時。
警官が腕時計を見て、犯行予告にあった時刻と同じだったのを確認した。
「被害が教室のみに限られたのは、不幸中の幸いだったな……」
そこへ他の警官から報告があった。
「処理に当たっていた班員も負傷したようだ。その中の一人が重体らしい」
「これ以上被害が拡大しないためにも、しっかりと我々の役目を果たさなければ……」
警官たちは帽子のツバの下から、爆破された学校の教室にじっと目を凝らしていた。
「課長、このようなものが棚を整理していたら出てきたそうですが?」
警視庁公安部総務課の庶務担当、山形が、総務課課長、旭川に言った。庶務係の誰かが棚を整理していたところ、不審なものがあり上司を通じてここまで回ってきたということだろう。
旭川は山形のいう物品に目をやった。
黒色のファイルに、モウル・ワイアット、と書かれたシールが張られている。
「倉庫の資料を漁ったのか?」
「いえ、新人の佐藤がやる気のある奴でして。倉庫の整理整頓もやりたいと申し出たんです」
「あいつか……」時にはきはきとした言動や、機敏に動くその様子から、旭川も佐藤には一目置いていた。
「倉庫の奥の方に眠ってたそうですよ。中身を見たらしいのですが、何かの名簿だったようです」
言って、山形は旭川にファイルを渡した。
捲っていくと、数十名の経歴を綴じたものだった。
モウル・ワイアット、と意味不明な名称は確かに不審に思われるだろう。学生のいたずらのような稚拙な物にも見える。
「さほど重要なものでもないように思われましたが……。一応念のためにお伝えしました」
山形の言に旭川は神妙な顔つきをし、若干聞き取りづらいような掠れ声で、
「これは私の方で管理する」
課長直々の管理とは一体どのような内容か、とでも言いたそうな顔で、山形は一礼すると自分の席へと戻っていった。
昼食時、旭川は外食で出払った庶務担当の人間たちを尻目に、モウル・ワイアットと表記されたファイルをそっと開いた。
――まさか、あそこを清掃する者が現れようとは……。最近の若者は何を考えているのかわからん。
倉庫の整理整頓はこれまで怠ってきた。それも、倉庫の中に触れてはならないものがある、という認識を、古参の者たちで暗黙のうちに共有し、あえてかかわりを持とうとしなかったからだ。もとい、埃のかぶった書物や、得体のしれない古い書籍などが棚に並べられたり、箱に収納され隅に放置されていたりなどする様子に、清潔を保とうとする者がいなかったからこそ、放置と見せかけての保管が成立していたのだが……。
発見されたファイルがどういった内容か、一目でわかるものではないものの、特殊性という部分では過剰なものを含んでいる。ファイルのあった場所が容易く人の目に触れる所ではないと思っていたが、今後、保管場所を変えた方がよさそうだ。
佐藤という新人がやる気があるのはいいことだ。しかし出過ぎた真似をしてほしくはないと、思わず嘆息が出かかるも、視線をファイルに落とした。
最後のページに黙々と目を通す。
ある人物の職務経歴が記載されていた。
――沢尻恵、三十二歳。有名大学卒業後、警察学校を首席で卒業、公安部に就任。その後自ら名乗りをあげ、機密組織マッチングモウルに配属……。
「優秀な人材だ……」ぼそりと呟くと、
――かつての同僚だった男性警官と恋仲にあったと聞く。数年前、その男性警官が殉職……。以来、口数が少なくなったらしい。なんにせよ危険な任務によくぞ名乗りを上げたものだ……。
言って、旭川は沢尻という女の経歴書の顔写真をまじまじと見つめた。
青い背景に映える、沢尻の顔。
白い頬の膨らみが、優しい性格を想起させる。目許は職務用の写真とあってか、厳しくこちらを見据えており、彼女の右の耳には、若干の違和感を覚える。耳たぶにできている黒いものは傷跡か何かだろうか。
――未だそっくりなまま、あの場所にいるということか……。彼女の無事と任務の成功を祈るとしよう……。
すると、旭川は自身の机の引き出しを開け、ファイルを奥へと差し入れた。
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