第三章 コズミックリリーフ④
コズミックリリーフの信者たちが集まる施設は、関東方面にいくつか建造されていた。
全国的には広まってはいないものの、東京と埼玉、そして神奈川に一軒ずつあり、ここ、東京支部の施設も、それら施設とは変わらない造りだった。
エントランスはガラス張りで両開きのドアが二つあり、館内には下駄箱や、教団制作の映像を閲覧したり、修行したりする部屋がいくつかある。二階の会場は広めで、ここがメインの修行場であると言ってもいいだろう。
五味は、数十名の信者たちの前で、スピーチを披露した。
「私はこれまで三段階の節目を、皆さんと共に歩んでいこうと計画を立てておりました。その三段階とは、まず一段階目が、この宇宙的救済の始まりです。皆さんも覚えているかと思われますが、五年前のある学業施設の教室が爆破された事件がありました。あれこそがコズミックリリーフの前進、『宇宙的魂の教義』という団体が実行した宇宙の顕現です。あの爆発によって、その後コズミックリリーフが宇宙的に発現したのです」
拍手が起こった。皆熱心に聞き入っているようだ。
「そして第二段階目は、ここ五年間、皆さま方多くの信者を獲得するための準備期間を設け、今や東京近辺だけで千人ほどの宇宙を抱える宗派となりました。皆さま方には感謝がつきません。私のこの話を聞いている最中も、皆さんと私の中の宇宙は膨らみ続け、やがて広がり繋がっていくことでしょう」
こほん、と軽く咳払いをすると、用意されていたコップの中の水を飲み、
「そこで必要となるのが最終段階である、第三段階――。人間ビッグバンの実行です。人間ビッグバンとは、意図的に内なる宇宙を解放させ、より多くの人々と宇宙を同期するということです。意図的に、とはこのことです」
五味の側近が台車に乗せて運んできたある物体。一見するとコルセットのように見える。
五味はそれを掴み宙に掲げた。
「これを腰に巻き、宇宙を発現させるための爆弾を仕掛け、爆発させるということです。なるべく多くの人がいる場所で行うのです。私もすでに腰に付けております」
言って上着を捲ると、脂肪のついた腹部に、同じコルセットのようなものが巻かれていた。
信者たちは顔を見合わせたり、口を押さえかぶりを振ったりと驚愕している様子だ。
「さあ、今こそ第三段階目、人間ビッグバンを実行するのです!」
拍手とともに、入り口へ駆け出そうとする者もいた。五味はマイクの位置から顔を離し、側近に向かって言った。
「捕まえろ!」
部屋を出たところにいた幹部たちが、逃亡を図った信者たちを囲んだ。
逃げようとした信者たちは次々と捕らわれ、床に跪いていった。
うねりへの抵抗だ……。
人の一生を翻弄する根源を、今こそ……。
口の中には宇宙がある……。その言葉を最初に目にしたのは海外の文学小説だった。
中学の時だったと記憶している。人間の体内には、宇宙と比較しても大差ない、大いなる生命の躍動がある。
私は子供の頃から裕福な家庭で育った。
不動産会社の社長の息子として生まれ、何不自由なく過ごしてきた。健康面でも別段おかしなところはなく、両親がいて、友達も多くいた。
しかし私は父の仕事に憧れることはなかった。
私は私でやりたいことがあった。
幼い頃に学校でやった清掃活動、校内だけではなく、学校の外も含めそうしたことを行っていくことで、私の心は満たされた。
運命とは時に残酷だ。
バブルが崩壊し父の会社が倒産したのだ。
父は自殺未遂で入院。母は男を作り家を出た。私の人生は突然、奈落の底へと突き落とされたようだった。
大学も中退することになり、独り暮らしを始めた。
アルバイトをしながら、その日暮らしのような生活が続いた。
そんな人生を送ることになり、この世には、視覚化できない大きなうねりのような存在があることをつくづく思い知らされる。
利己的になっていた私は、幼い頃の裕福な生活を思い出しながら、降りかかる艱難辛苦にこの世に見切りをつけようかと、電車に飛び込もうとした。
それを止めたのが、私の前の老師、水上だった。
水上に命を救われ、諭されると、私は水上のやっている事業を手伝うことにした。
国内のみならず、世界中の被災地や途上国に赴き、ボランティア活動をするという水上の事業は、コズミックリリーフの前身、「宇宙的魂の教義」という名の宗教活動の一端でもあった。
水上が病に伏すと、彼から最後の頼みごとをされた。
それが五年前の学業施設爆破事件だった。
水上は病の渦中であっても、それを実行に移すため、信頼できる信者に夜の学校へ侵入させ、爆弾をセットし翌早朝、学校へ爆破予告をした。
結果的に爆発させることはできた。しかし水上はその後すぐに死んだ。私に宇宙的魂の教義を託して。
バブル崩壊後から、阪神淡路大震災、9.11テロ、東日本大震災、西日本豪雨など、数々の不幸に遭われた人々のために私は各地に赴きボランティア活動をした。そうした中で得た信頼を元に、行く先々で信者は徐々に増えていった。
とてつもない不幸や抗いようのない運命に直面したとき、人は誰かに救いを求めようとする。しかし求めたその先も、不幸や運命という、得体の知れないものが待ち受けている。
共に生きるパートナーがいても、その心というものは、見抜くことが困難で不確かなものだが、利を選ぼうとする明確な意思が表面化することもある。
それも人間の生き様だろう。水上は出会ったときから、その不明瞭さが内なる宇宙を垣間見せているということだと言っていた。
私は罪深い。人は罪深い。多くの犠牲の上に、人生が成り立っているように思えてならない。
これまでに発生した災害を運良く潜り抜け、生き延びられてきたことが、運命や時の流れのうねりを確信させる。生まれながらの幸運とまでは言わないまでも、被災地でボランティア活動をしていると、自分の命が他者の骸の上に存在していると思えてならなかった。
宇宙的魂の教義に代わり、新たに興したコズミックリリーフ。
その活動はそんな罪滅ぼしのための自分への救済も兼ねていた。
私一人がもがいたところで、誰かに幸福をもたらすことはできない。大きなうねりへの抵抗を達成することはできない。できたとしても、ごくわずかな結果にしか至らない。
人間ビッグバン――、それは水上の悲願であり、私のこれまでの人生の総括でもあった。
内なる宇宙を顕現させ、他者と感応することで、手の届かなかった大きなうねりへの抵抗となる。
そう、私の信仰心はそこに帰結するのだ。
誰かを疑うことと、救うことは相反するものだが、私の胸中にはそうした矛盾が蠢動していた。
人間の内なる宇宙――。
目に見えなくとも、私はそれを信じる。そして宇宙が膨張し続けるという現象と同じく、人々の宇宙を爆発させることで膨らませ、強大な運命への抵抗を世に知らしめるのだ。
信者はそのための手駒でしかない。
しかし、彼らは私とともに、宇宙とともに、抱いた宇宙を爆発させることで、生きている意味を見出だせる。それ以上の喜びなどどこにあるだろう?
宇宙の顕現に不可欠な爆弾を、装着したまま各地に赴き、人間ビッグバンを実行するのだ……!
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