五つの物語のせいれい

 むかしむかし、とてもなかのよい、王子と大臣のむすこがいました。


 二人は、勉強もいっしょで、あそぶのもいっしょ。


 王子は大臣のむすこがいないと、おちつきませんし、大臣のむすこは王子がいないと、さびしがりました。






 さて、年ごろになり、王さまが王子にこう言いました。




「ほっほっほ。王子や、となりの国の姫とけっこんしなさい」




 すると、王子は言いました。




「大臣のむすことおなじ時にけっこんしきをするのならば、よろこんでします」




 そこで、王子と大臣のむすこは、おなじ時にせいだいなけっこんしきを行いました。






 あるとき、王子と大臣のむすこは、つまたちの里にあいさつに行くことにしました。


 おしろをでると、とあるいっけんのやどやにたどりつき、王子が先にねてしまいました。


 さびしくて、ねむれない大臣のむすこは、王子の体をゆすって、言いました。




「王子、ねむれないので、話をしてください」




「うーん、むにゃむにゃ。ねむいんだよ。話などわたしは知らないよ」




「じき王ともあろうお方が、話の二つ、三つ、知らないはずがないでしょう」




 しかし、王子は知らないとくりかえし、そのままねむってしまいました。


 すると……王子の口から五つの光がとびだしました。


 物語のせいれいたちでした。


 せいれいたちは、やどやのにわさきにある、井戸の近くの木にのぼり、言い合いました。




「まあ、しつれいしちゃう。あの王子ったら!」




「そうよそうよ! わたしたちを知らないだなんて、よくも言ったわね」




「明日は王子を殺します」




「それがいいわ! 大臣のむすこがまきぞえにならないように、気をつけてね」




「もはや、あの王子にやどっているのはムダ」




 にわさきで、ピカピカ光っているせいれいたちの話をきいて、大臣のむすこは、ますますねむれなくなりました。




「わたし、王子が通りかかったら、木を半分たおして殺すわ」




「まあ、それじゃあ、それをしくじったら、わたし、王子が通りかかったら、じょうへきをくずして下じきにして殺すわ」




「それじゃあ、それをしくじったら、わたし、王子が通りかかったら、川をこう水にして殺すわ」




「それじゃあ、それをしくじったら、わたし、王子が食べる食事のひと口目の中へ、ハリのかけらに化けて入りこむわ。それですべてが終わるはず」




「じゃあ、それにしくじったら、わたし、ドクヘビになって、王子のベッドにしのびこんで、かみ殺すわ」




 せいれいたちの話し合いを聞いて、大臣のむすこはひとばんじゅう、ねむれませんでした。






 よくじつの朝。


 王子が、はればれとした顔で言いました。




「さあ! つまにあいに行こうではないか!」




「ははっ」




 大臣のむすこは、せいれいたちの計画をうちやぶるため、きてんをきかせて言いました。




「王子、どちらが速く、道をかけぬけられるか、きょうそうです!」




 聞くが早いか、王子はびゅっと馬をかけさせ、町の外まで行ってしまいました。


 王子のかけすぎた、後ろで木が半分たおれてきました。


 王子はキキイッパツ! 助かりました。






 また、じょうへきちかくへ来たとき、大臣のむすこは言いました。




「王子、どちらが速く、じょうへきをこえるか、きょうそうです!」




 聞くが早いか、王子はびゅっと馬をかけさせ、国の外まで行ってしまいました。


 王子のかけすぎた、後ろでじょうへきがくずれてきました。


 王子はキキイッパツ! 助かりました。






 そしてまた、川にさしかかったとき、大臣のむすこは言いました。




「王子、どちらが速く、川をわたるか、きょうそうです!」




 聞くが早いか、王子はさっと馬を川に入らせ、わたってしまいました。


 王子と大臣のむすこが、川をわたり終えたころ、水がふえてこう水が起こりました。


 王子はキキイッパツ! 助かりました。






 さて、つまの里に近くなると、王子は言いました。




「おまえは、自分のつまの里へ行くがよい」




 しかし、大臣のむすこは言いました。




「いいえ、今日はあなたからはなれません。どうしても」




 そして、食事になると、大臣のむすこは、王子のとなりにすわり、ピッタリくっつきました。


 王子がさいしょのひと口目を口にはこぼうとすると、大臣のむすこがその手をひっぱり、自分の口の中へ、パクリと入れました。


 王子はびっくりしましたが、だまっていました。






 さあ、よるです。


 大臣のむすこは、つるぎをぬきはなち、王子のベッドの下へかくれました。


 そして、まよなかすぎに、王子のねむるへやにしのびこんできた、ダイヤモンドの頭をしたドクヘビをズタズタに切りすてました。


 大臣のむすこは、ドクヘビのなきがらを、うわぎでつつんで、外へ持ちだそうとしました。


 しかし、その血のいってきが、姫の体についてしまいました。


 この血が、わざわいをもたらしてはいけない、と、大臣のむすこはそれをぬぐおうとして、姫に近づきました。


 そのとき、姫が目をさまして大声でさわぎました。


 王子はつるぎをぬきはなち、大きくふりかぶって言いました。




「おのれ、しょうわるめ! つまに何をするか!」




 大臣のむすこは、言いました。




「おいかりはごもっとも。ですが、明日の朝になったら、すべてごせつめいさせていただきますゆえ」




「む! おまえとわたしのなかだ。明日の朝までなら、命を助けてやる」




 王子は、朝になるまでに、大臣のむすこがにげてくれるといい、と思いました。


 しかし、大臣のむすこは朝までろうやの中にいました。






「にげなかったとは、かんねんしたらしい」




 朝、おしろのにわに、ひきだされた大臣のむすこは、言いました。




「すべて、ごせつめいさせていただきます」




「わたしの時間をムダにするな」




 王子は、大臣のむすこの首に、つるぎをふりおろそうとしました。




「話を聞いてください!」




「話など知らん!」




「それでも、聞いていただかねばなりません」




「ならば、もうせ」




「きのうの朝、道でなにが起こりましたか?」




「木が、半分たおれてきたな」




「こっきょうではなにが起こりましたか?」




「じょうへきが、くずれてきた。古くなっていたのだろう」




「……川ではなにが起きましたか?」




「こう水だ」




 そして、大臣のむすこは、ふところから、ハンカチをとりだし、ハリのかけらを見せ、うわぎの中からドクヘビのなきがらをとりだして見せました。




「王子のお命をねらうものが、あったので、お守りいたしておりました」




「は! それは……なんと……!」




 王子は、つるぎをふりおとすと、苦しむように胸をおさえて、あらくいきをつきました。




「では……では、わたしは、そんなおまえを殺すところだったのか!」




 王子の目からはなみだがこぼれおち、二人はかたく、いだきあいました。


 そのことがあってから、王子と大臣のむすこは、ますますなかがよくなりました。




「しかし、そんなことを、おまえはどこで知ったのだ?」




「さあ、どこかのせいれいが教えてくれたのです」




 五つの物語のせいれいは、もういません。


 ですが、王子と大臣のむすこの心の中には、しっかりと物語の力が、やどったようでした。

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