ライオンと野ウサギ

 むかしむかし、山のしゃめんのとある岩アナに、二頭のライオンがすんでいました。


 ライオンは、オスとメスのつがいです。


 どちらもまるまると太り、あたり中の小動物をとって食べていましたから、ご近所じゅうからおそれられていました。






 ある日のこと。


 オスのライオンが、えものを探していると、たまたまねむっていた野ウサギを見つけました。




「がおう!」




 ライオンは、大きな足とするどいツメで、ぐいっと野ウサギをつかまえ、一口に食べてしまおうとしました。


 ところが、ねぼけまなこの野ウサギはこう言いました。




「ぽっぽ~~ん! ありゃりゃ、ライオンのおじさまじゃあ、ありませんか!」




「うりゃ! とって食ろうてやろうではないか! てや!」




「おねがいです。ぼくを食べる前にどうか、ひとつお耳にいれておきたいことがあります」




「なんだらぁ?」




「ここを下にいったところにある、谷の中に、とてつもなく大きくて、きょうぼうな動物がすんでいて、あなたを殺そうとしています」




「んなにおう!?」




「ああ、きっと、このままじゃ、ライオンのおじさまが負けてしまうな。そうなるまえに、こちらからでむいて、ひとかみしてやったほうがいいな」




「んむぅ……!」




 ライオンはいかりのあまり、言葉をなくしました。




「もし、おゆるしくださるなら、ぼくがその方のところまで、ごあんないいたしますよ。それに、もしあなたがあの方に勝てば、ぼくなどよりよっぽどリッチなごちそうにありつけます」




 この言葉に、ライオンは、はげしくいかりました。




「がおう! おまえはワシがこのあたりの帝王だということを知らんのか! どんな動物であろうと、ワシとハケンをきそうなど、ゆるさんぞ。ヤツざきにしてくれる!」




「まあまあ、ライオンのおじさま。あなたはあのお方がどんなにおそろしく、強いかごぞんじない。気をつけてくださいね。もしあなたの身になにかあったら、ぼくたちかなしくて、泣いちゃいます!」




 野ウサギのこの意見は、いっそうはげしくライオンをいからせました。




「すぐにそいつのところへ、あんないせい!」




「ええ、そうしますそうします。でも、くれぐれもあの方には気をつけてくださいね」






 野ウサギは、重ねてお願いをして、彼を丘の下までつれて行きました。


 そこには四角形の形をした、水そうが、底の方に水をたたえていました。




「ぽっぽぽ~~ん!」




 野ウサギは、変な歌をうたいました。




「さあ、ライオンのおじさま、この水そうのヘリに立って、中をのぞいてみてください。そこにあのお方のすんごいツラがまえが見えますよ」




「ふん! ツラごときでワシは殺されはせんわ!」




「なるほど、そうでしょうね。ぽ~~ん!」




 そう言うなり、野ウサギは一方のがわにいどうしました。


 ライオンは、水そうのヘリに立って、中をじっと見おろしました。


 水はとてもおだやかで、その水面にはライオンの頭がうつっているのが見えました。




「そこにいる!」




 と、野ウサギは後ろから言いました。




「そこにあのお方がいるではないですか!? ライオンのおじさま、なんてきょうあくな顔つき! おねがいです、あのお方と争ってはいけません。ライオンのおじさまが殺されてしまう!」




「んぬぅ!?」




 ライオンは、もっともっとおこり、水そうのヘリをうろうろと、行ったり来たり。


 そして自分の姿にむかって、キバをむいてにらみつけ、うなりました。




「どぉりゃー! せや! フンッ! とぅりゃ! でぃやー!」




「そうです。それでいいのです! ぽーん!」




 と、野ウサギがさけびました。




「ライオンのおじさまが、注意深くていらっしゃるので、ぼくはとてもうれしい! ひきょうにも水の中にかくれている、そんなちくしょうとは、まちがっても、とっくみあってはいけません! さもないと、のどぶえをくいちぎられます! けれど、そこからならば! そこからあなたがキバを見せつけているかぎり、そいつはおそれて出てこられない!」




「んぬぅ! 目にもの見せてくれるわ――! がおう!」




 野ウサギのセリフは、ライオンをこの上なくおこらせたので、ライオンはあおりたてられ、むこうみずになって、水の中の自分の姿にむかって、まっすぐにとびこんでしまいました。




 バシャーン!




 さて、一度この水そうに入ると、ライオンは出てこられません。


 なぜなら、この水そうは石でできており、カベがツルツルとして、つかまるところがありません。


 ライオンはツメをひっかけることもできず、よじ登ることもできませんでした。




「プワァー! 助けてくれーい! 助けてくれーい!」




 ライオンはしばらく、水そうの中をおよぎ回っていました。


 その間、野ウサギは……。




「やーいやーい! ここまでおいでー! さんざんぼくらをいためつけて、食いあらしたライオンめ! そこで頭を冷やすといいや! へーん! バカアホマヌケー!」




 と、水そうのヘリにこしかけ、ライオンに石をなげつけて、さんざん悪口を言いました。




「うう、ど、どうなっているんだ。なにがなんだか、わからん! おのれ、野ウサギ、おぼえておれよぉ~~!」




「ふふん、そんなおどしをはいたって、おまえはここで死ぬんだよ! 自分より弱い生き物をいじめぬいた、バツだ!」




「おお、おお……! もう、力が……入らない。おう、おう……」




 とうとう、ライオンは、おぼれ死んでしまいました。






 さて、世間のきょういだった、ライオンのオスはかたづきました。


 たいじしおおせた、野ウサギは大喜び。




「さあ、お次はメスライオンだな」




 野ウサギは、たまたま近くにあった、ハイキョのシロの、ぶあついカベに注目しました。




「フムフム。こっちのアナはあちらへつづいている……すると、こちらから入ると、出口はあちら。フムフム。どうやら、とちゅうで先がせまくなっているわなー」




 野ウサギは、この土地を調べつくして、一つの計画を考えつきました。






 よくあさ。


 野ウサギは、メスのライオンをさがしに、出かけていきました。


 メスライオンは、岩アナのあたりを、うろうろとしていました。




「ああ、あの人、わたしのいとしい、ダーリンは、いったいどこへ行ってしまって、帰ってこないのかしら?」




「やあやあ、おはようございます、ライオンのおばさま」




 と、野ウサギは、注意ぶかく彼女に近づきながら言いました。




「ぽぽーん! あなたはいったい、どうしてしまったんでしょうね。けさは、えものをとりに、ゆかれないのですか? そうやって、すみかの前で歩き回っておいでなのは、どうしたことです!?」




 メスライオンは、おこったようにうなり、ピシリとシッポで横ハラを打ちました。


 が、野ウサギには目もくれません。




「ぽぽぽ~~ん!」




 野ウサギは、それにもかかわらず、つづけました。




「ぼくのそうぞうでは、あなたは、ごしゅじんの帰りを待っている。しかし、ざんねんなことに、あなたはしばらく、ごしゅじんにはあえません。なぜなら……!」




 メスライオンは、カッと目を見ひらいて、野ウサギの方をにらみつけました。




「わけをお話ししましょう。きのうのことです。ぼくとあなたのごしゅじんは、ちょっとしたぎろんをしました。そのとき、ぼくらはたがいに、かんしゃくをおこしまして。食うか食われるかの戦いになってしまったのですよ。ところが、おきのどくにも、ぼくが彼に、もののどうりをわからせてあげる前に、彼はひん死のじゅうしょうを負いまして。今はこの下の谷底で、み動きできなくなっているのです」




「んまぁー!」




 このあつかましい言いぐさに、メスライオンは、れっかのごとくいかり、野ウサギにとびかかってきました。




「なんてことをしてくれるの!? あのひとになんてことをー!!」




 ところが彼は、相手の手をするりとぬけ、追いつめられたフリをしながら、丘をがむしゃらにかけおりました。


 そして、れいのじょうへきのところまで来ると、大きい方のカベのアナにとびこみました。


 メスライオンは、その先がせまくなっているのを知りません。


 ひたすらにげる、野ウサギを、追いかけて、そのせまくなっていくアナにはまりこんでしまいました。




「ぽーん!」




 野ウサギは、もう一方のせまいアナからするりとぬけだし、後ろへまわると、メスライオンの尻に石をぶつけました。




「やーいやーい! ウスノロマヌケー!」




 そして、思いつくかぎりの悪口をいって、それらにあきると、ゴキゲンで家に帰っていきました。


 ワナにはまってぬけだせなくなった、このメスライオンは、それからまもなくうえ死にしてしまったということです。

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