しあわせの正体
あるところに、老女がいました。
夫をなくして、未亡人とよばれるようになってから、何十年とたっていました。
エプロンはすり切れてボロボロ。
まずしく、つつましく生きていました。
さて、近所につけもの石のような、カエルがここ最近やってきて、彼女の心きよらかな生活を見ていました。
カエルは黒い、ふしぎな気品のある目で、彼女を見つめ、やがてころあいをみて、話しかけました。
「ゲコッ。もしもし。わたしをあなたのむすこにしてくれませんか。ゲコゲコッ」
カエルがのどのフクロを鳴らしながら言うと、老女はびっくり!
カエルのたいどは、ひじょうにれいぎ正しいのですが、言っていることはめちゃくちゃに思えました。
そこで、老女はおこって言いました。
「どうして、わたしのむすこがカエルだろう」
とんでもない、と老女は思いました。
「いやいや、人やけものも、一皮むけば、おんなじものですよ」
カエルは、いっこうにひきません。
それどころか、老女のすることなすこと、どこへでかけても、カエルの目はつきまとうようでした。
カエルは、ふしぎなみりょくの持ち主で、すんだ目と歌うような音色の声を持っていました。
しだいに老女は、カエルにあえるのを楽しみに思うようになり、あえないときが少しでもあると、暗い気持ちになりました。
「ゲコッ。わたしのお母さんになってください。ゲコッ」
何十回目かに、そう言われたとき、もはや老女にとって、カエルはなくてはならない存在になっていました。
カエルが老女のむすこになって、初めての朝食を作ったときのことでした。
老女が、紅茶と小麦粉をまぜて、とちゅうでコンロを見に行ったとき、カエルはさっさと材料をこねていました。
「チーズをいれたいね」
「うちはまずしいのだよ。それに市場へいくのもしんどいし」
「では、わたしがチーズを手に入れてきます」
老女は止めようとしましたが、カエルは見ているものがせつなくなるほど、しんけんに、いっしょうけんめいにとんでいきました。
ざっとうにまぎれ、ほこりまみれになったカエルは、にもつを運ぶ動物たちを見ていました。
そして、チーズをどっさり積まれたロバを見つけると、そのせなかにピョンととびのって、家までかけさせました。
市場にいた人々も、だれも止められません。
周囲があっけにとられる中、カエルはどうどうとロバでかけさりました。
老女の家につくと、カエルはたっぷりと、ほしいだけチーズをおろしてもらい、朝ごはんを食べました。
いつしか、老女は、むすこがカエルであることなど、どうでもよくなりました。
そして、いっそうなかむつまじく、幸せにくらしていました。
ところが、ある日、カエルはけっこんしたいと言い始めました。
老女は、カエルのお嫁さんと、どうやってやっていったらいいだろうかと、なやみましたが、止められませんでした。
「およめさんを見つけに、旅に行ってきます」
老女は身を切られるような思いで、見おくりました。
けれども、カエルはカエルのおよめさんをもらうつもりはありませんでした。
国中を回ってこれは! と思える美女をさがし、見つけるともうぜんとアタックし始めました。
「ゲコッ、むすめさんをおよめさんにください。ゲコゲコッ」
言われた、むすめの父親はびっくり!
「どうしてむすめを、カエルなどのよめにやれるだろうか」
なんとかしてことわるすべはないのか、むすめの父親は悩みました。
しばらくていこうしていますと、カエルが言いました。
「あなたが、むすめさんをおよめにくれないというのなら……わたしはせきをします」
せきくらいなら、なんでもないと、どうぞしてくださいともうしのべますと、じしんがおきました。
むすめの父親が、まさかと思っていると、またせきをします。
すると、大げきしんがおこり、家はかたむいてしまいました。
「これはまほうのカエルか。いや、アクマかもしれない」
そう思った父親は、むすめをおよめにやると言ってしまいました。
すると、かたむいた家がもとどおりになりました。
「ゲコゲコッ。あなたのむすめさんを、およめさんにほしいのです。ゲコッ」
それを聞いたむすめの母親は、たちくらみを起こしました。
「どうして、カエルのあなたが、うちのむすめをめとろうだなんて」
「いや、一皮むけば、けものだってなんだって、おんなじですよ」
カエルはあっけらかんとしています。
「かならずしあわせにするので、およめさんにください……でないと、わたしは泣きます」
泣くくらいなら、なんでもないだろうと思い、どうぞ、と言うと、大こうずいが起こりました。
家もざいさんもおし流されてゆきます。
ついに、むすめの母親も、むすめをおよめにやると言ってしまいました。
「むすめはまだ九歳なのに、カエルのおよめさんにするために、今まで育ててきたのではない」
むすめの両親がはんたいすると、こんどは炎がまきおこり、家もざいさんももえてしまいました。
「わかった、しかたがない。むすめをおよめさんにやろう」
二人が言うと、家もざいさんも、もとどおりになりました。
用意された馬にのる前に、カエルはむすめにこう言いました。
「あなたは何一つ、うしないはしません。たくさんのものを手に入れ、しあわせも、よろこびもあなたのものになるでしょう」
しかし、むすめはカエルのおよめさんになるという、くつじょくにふるえ、いかりと悲しみで泣きそうでした。
そのむすめに、父親が三つのていてつが入った、ふくろをわたしました。
「トルコ石、銀、金、このうちどれかでできた、ていてつを、カエルの頭にぶつけるんだ。アクマならば、ひとたまりもないはずだ」
そう、言い聞かされて、むすめは馬にのりました。
今までいやそうにしていたのに、すすんで馬にのろうとするすがたは、不自然でした。
しかし、むすめはアクマの手からのがれようと、必死でとりつくろいました。
そして、じゃっかんの、ざいあくかんとひきかえに、カエルの頭にトルコ石でできた、ていてつをなげつけました。
ところが、ていてつは岩にあたったかのように、はねかえり、地面におちました。
カエルは馬からおりて、ていてつをひろいに、とんでいってむすめの手に返しました。
「きみは、これをなくしたのだと思う。もう、おとさないようにね」
カエルが平然と言うので、むすめはなぜだか、不安がやわらぎました。
もしかしたら、アクマではないのかもしれない、そんな気さえしてきました。
しかし、父親の言葉は守らなければなりません。
むすめはひそかに、銀のていてつを右手ににぎりました。
古くからマモノをしりぞける、と言われる金属でできているのです。
もう、これしかないと思いました。
そして、むすめはじゃっかんの、かなしさとひきかえに、カエルの頭をねらって、銀のていてつをふりおろしました。
ところが、ていてつは鉄にあたったかのように、はねかえり、むすめの手から、おちてしまいました。
カエルは馬からおりて、ていてつをひろうと、むすめの手に返しました。
「これをなくしたんだね。しっかりと、持っていなくては、いけないよ」
カエルがやさしく言うので、むすめは悲しみがやわらぎました。
しかし、父親の言うことは守らねばなりません。
むすめはすぐ近くから、カエルの頭に、金のていてつをうちつけました。
金はなによりも、とうとい金属です。
神様のお力がやどっているのです。
むすめはいのりました。
ああ、どうかこんなあくむは、早くめざめてほしい、と。
ところが、金のていてつはまるで目にみえないカベにぶつかったかのように、はねかえって、とんでいってしまいました。
カエルは馬からおりて、ピョンピョンとんでいくと、ていてつをとってきて、むすめの手に返しました。
「さあ、これは大切なものだろう? こんご、ひつようになるかもしれないから、だいじにね」
カエルが、じひぶかく言うので、むすめは目がさめたような心地がしました。
アクマも、マモノもここにはいないんだ、というしあわせなやすらぎと、殺生をしなくてよいのだという、安心感がありました。
長い旅のうちに、むすめは、すっかりカエルのみりょくにひきつけられてしまいました。
老女の家にたどりつくと、むすめは、なんだかものたりない気持ちになりました。
それは、カエルとの旅が、しあわせだったからにちがいありません。
門のない家の前で、老女がむかえます。
家は、むすめの実家にくらべると、だいぶしっそでしたが、三人でくらすことを考えると、わかい花よめは自然とほほえみがうかびました。
老女とカエルとそのわかい花よめが、いっしょにくらすようになってから、その地方では、年に五日間の祭りの日がやってきました。
その地のわかものは、馬にのり、剣やゆみなどのわざをきそい、ゆうしゅうなせいせきをおさめたものが、村のシンボルとなるのがしきたりでした。
「あ、お母さん、それにわたしの花よめさん。先に行って、お祭りを楽しんでいてください。わたしは後から行きます」
カエルはそう言って、二人がでかけてしまうと、カエルの皮をぬぎ、美しくたくましいわかものになりました。
祭りでは、どのきょうそうでも一番になって、今年のシンボルは彼にちがいないとうわさされるようになりました。
ところが、祭りがたけなわになると、わかものは消えてしまいます。
どこにもいない、わかものをさがして、みんなさわぎます。
そうすると、いつのまにかカエルが祭りのわの中に現れるのです。
そんなことが四日続きました。
カエルのわかい花よめは、だんだんとわかってきました。
「あのかっこいいひとは、わたしのカエルさんだ。まちがいない。あの目。どうどうとしたたいど! そうだ……!」
彼女は祭りがもりあがってくるといなくなる、わかものより、もっとはやく祭りをぬけだし、家に帰りました。
すると台所のカベのフックに、カエルの皮がひっかけてあります。
彼女はいそいで、その皮をコンロの火でもやしてしまいました。
一足おそく、家のとびらを開けて帰ってきたわかものは、皮がもえてしまったのを知ると、なげいて言いました。
「これで、わたしはただの人間になってしまった!」
もう、数々のまほうはつかえません。
しかし、彼の花よめは言いました。
「どんなおすがたでも、カエルさんはカエルさんよ」
こうして、カエルはふしぎの生き物をやめて、美しい花よめと、母親と三人ですえながく、幸福にくらしました。
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