密林の王者

「我々トラは、密林の王者。なにを望んでも、なにを狩っても、止め立てするものはない。しかし、人間という生き物だけはいかん。やつらはずるがしこく、なにをするかわからないのだ。しかしてその実態は……ほにゃらら」




 密林の王者は、三頭の子トラに、そう言い聞かせて死にました。


 ところが……。




「おれは最強のトラなのだぁ! 今では大きな牡鹿もひきたおせるし、傷も負わずにどうもうなイノシシを組みふせられる。人間とやらも、おれにはかなうわけがないのだぁ!」




「おまえ、父上の言うことをわすれたのか? 人間はずるがしこい。近づいてはだめだ」




「兄上は、おくびょうものなのだぁ! ズバリ! 牙も爪もない動物が、おれに勝てるわけがないのだぁ!」




「まあいいけど。そのうぬぼれは、なんとかした方がいいな。弟よ」




「ふっふっふ。うぬぼれかどうか、見ていればいいのだぁ! ズバリ! おれは人間を殺し、食べてやるのだぁ!」




「お父上のゆいごんなんですよ。どうしてそんなことを。いけません。おねがい、やめて。末っ子よ」




「母上も兄上がたも、ご自分の森の中だけで、生きていればいいのだぁ! おれはズバリ! ここから出ていくのだぁ! ふっふっふ」




「おまえを失ったら、おまえの森はどうなるのです」




「おれはズバリ! 冒険したいのだぁ!」




 そうして、末の若トラは、人間のいる広々とした土地をめざして、行ってしまいました。






 森の中をちょっと進むと、老いた去勢牛を見かけました。


 背中には無数の古傷があります。


 若トラは、じろじろ見ると、近よってききました。




「おまえは何という動物なのだ? ズバリ! 人間なのだ?」




「おまえなぁー。ワシは老いた牛じゃよ」




「ごめん! ズバリ! 見たことなかった!」




「人間を見つけてどうする。やつらは信頼のおけん生き物だぞ」




「ふっふっふ。おれはその人間を殺して、食べにいくところなのだぁ!」




「ワシにはわからん。が、よした方がいい。人間はワシを奴隷のようにこきつかい、荷運びにつかったくせに、老いさらばえてからは、エサも与えてくれずに、この森にすてていったのだよ」




「なんだ! そんなことか!」




 若トラは、鼻先で笑って、ずんずん行ってしまいました。






 森のはしにさしかかったとき、若トラは、象を見かけました。


 片目しかない小さな目を、弱々しく瞬かせ、両耳の後ろには無数の切り傷と古傷がありました。




 若トラはびっくりして、じろじろ見ました。


 そしてのこのこ近づいて、たずねました。




「ふっふっふ。ズバリ! あなたはなんの種類の動物なのだ? ズバリ、人間?」




「あっはっは! ワタシは老いさらばえた象ですよ。うっふぅ~~」




「そうなのだ? けど人間について、ズバリ! あなたは知っているにちがいない?」




「若い方、人間にだけは近づかない方がいい。あれは信頼するに足らない生き物よ」




「まぁた、それなのだ? もっと知らないことを教えてほしいのだぁ!」




「人間っていうのはねぇ……危険なのよ」




「それも、聞き飽きたのだぁ!」




「昔話をしましょう。私はね、人間に鞍をつけられ、耳をアブミがわりにされて、家畜用のつき棒で、数え切れないほど打たれたのよ。それも若い頃はいいわ。エサも食べ放題だったし、水浴びも自由。体を洗ってくれて、手入れをしてくれるせんぞく人つきだった」




「それが、どうしたというのだぁ!?」




「どうしたって……あなた、知らないみたいだから言うけれど、年をとったら終わりよ? 今は勝手にエサをとれって、森にはなされたの。もう、ワタシのことなんて見向きもしないで……」




「すまん! グチっぽいのはイヤなのだぁ!」




「でも、これが現実よ。うっふぅ~~」






 若トラはさげすむように、あざ笑って、さっさと行ってしまいました。


 少し、遠くまで行ったところで、だれかが木を切る音がしました。


 若トラがそっと近づくと、それは木を切りたおしている、キコリであるとわかりました。


 彼は森から姿を現し、たずねました。




「ふっふっふ。あなたはズバリ! なんの種類の生き物なのだ? もしかして人間?」




「ふう、なんてバカなトラなんだ。おれが人間だって、わからないのか?」




「ああ! あんたがそうか! ふっふっふ。ズバリ! おれは人間を殺して食べにきたのだぁ!」




「フッ。おれを殺す? 食べるだと?」




「なにが、おかしいのだぁ?」




「人間様を食うなどと、おまえごときにできるものか。人間は、それはそれは利口すぎて、トラごときにとっつかまったりなぞ、せんのだよ」




「ふーん。人間はずるがしこいと父上たちが言っていたけど、それはそれは利口すぎるのだ?」




「フッ、おまえは知らんのか。ちょっとおれについてこい。人間の英知を見せてやる。おまえにとって、ためになるだろうな」






 若トラは、それはいいやと、ついていきました。


 密林を抜けると、丸太でつくった、男の家がありました。


 とても頑丈そうです。




「これがいったい、どうしたのだぁ?」




「これが、家というものだ」




 そして男は中に入って、戸をピタッと閉めて言いました。




「こうやって使うのさ。人間はアナグラぐらしの獣とちがって、家に住んで雨風や暑さ寒さから、身を守る。もちろん、野獣の牙など、とどきやしない。どうだ」




「な・ん・だ・と!?! こんなにすてきなものを、おまえが持っているだなんて、許せない! このおれを見ろ。見事なしまもように、見事な牙と爪、長い尾もある。どう考えても、それはおれにふさわしい。さっさと出てきて、おれにゆずるのだぁ!」




「ああ、いいよ」




 若トラはいばって、男の家をせんきょすると、とくい気に言いました。




「このすばらしい家にいるおれは、なんてすばらしく見えるだろうか。ズバリ! すばらしいよな!!」




「ああ、すばらしい、すばらしい」




 人間の男はそう言うと、戸をピッタリしめて、外からかんぬきをかけてしまいました。




「じゃーねー。どうぞ、そこで飢え死にしちゃってちょうだい」




 男はニヤリと笑って去っていきました。

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