おとぎのびんづめ!

水木レナ

トラの皮

 ある日のこと。


 一匹の野ウサギがピョンピョン、ピョン!


「ふっふーん! いい天気だな」


 と言って、道を歩いていました。


「ぽっぽぽ~~ん!」


 変な歌をうたうほど、ゴキゲンでした。






 ところが、角を曲がったところで、大きくておそろしい、トラにでくわしました。


「ひぇえ~~!」


「がおう! 食ってしまうぞ!」


 トラは、あっというまに、野ウサギをつかまえてしまうと、目をギラギラさせて言いました。




「ぽぽぽーん! どうか、どうか、わたしを食べないでください」


 野ウサギは、ていねいにお願いすると、ひとつのていあんをトラにもちかけました。


「わたしは、あまりにちっぽけで、いだいなあなたさまのおなかのたしには、ちっともなりません。そこでどうでしょう? わたしよりも大きくて太ったえものがいる場所へ、ごあんないいたしましょう」




 それを聞いたトラは、ごくんとのどを鳴らしました。


「いいだろう。しかし、おまえよりも大きくて太ったえものがいなければ、おまえを食ってしまうぞ」




 そこでトラは、野ウサギと一緒に歩いていきました。






 道中、くらくなってくると、野ウサギはなにやらくちゃくちゃと、したつづみを打ちました。


「おい、野ウサギの兄ちゃん、いったい何を食べているんだ?」


「ぽぽーん! 目玉ですよ。自分の目玉をくりぬいて、食べているんです。目玉はおいしくて、すぐにまたはえてきますからね」


 これを聞いたトラは、びっくりぎょうてん。


 けれど、おなかがすいていたので、自分の目玉をくりぬいて、食べてしまいました。




 またしばらく行くと、野ウサギが、また何かおいしいものでも食べているような音をたてました。


「おい、野ウサギの兄ちゃん、いったい何を食べているんだ?」


 すると野ウサギは言いました。


「もうかたっぽうの、目玉ですよ。ああ、これはさっきのより、おいしいや!」


 そこで、はらへらしのトラは、自分もと思って、もうかたほうの目玉をくりぬいて食べてしまいました。






 これで、トラはものが見えません。


 野ウサギは、目をキラりとさせると、トラをガケっぷちに座らせて、こう言いました。


「ささ、これからあたたかな火を、もやしましょう。たき火は気持ちいいですよ」


「ああ、たのむよ。野ウサギの兄ちゃん」




 そして野ウサギは、火のついたかれ木のエダを、ぽいぽいとトラの方へなげました。


「うわわっ! なんだかあついぞ!」


 トラはあとずさって、とうとうガケに落ちてしまいました。






 しかし、ガケのとちゅうからはえていた、木のエダに、とっさにトラはかみつき、落下をまぬがれました。


 上からのぞいていた、野ウサギには、まるわかり。


 心から心配そうな声で、こう言いました。


「ぽぽーん! トラのおじさん、だいじょうぶですか~~?」


 しかしトラは「ムームムー」とうなるだけ。




 野ウサギはわからないフリをして、なおも言います。


「トラのおじさん、どうしたの~~? ケガはない~~?」


 トラは苦しくて「ムームムー」。


 野ウサギは、ここぞとばかり、悲しそうに言いました。


「トラのおじさんが、ぶじだったならいいのになあ。ぶじだったら、ひとこと、だいじょうぶって言ってくださ~~い!」


 野ウサギを喜ばせてやろうと、トラは、口をあいて言いました。


「ああ、だいじょうぶだ」


 とたんに、トラはガケの下の大岩に、頭をぶつけて死にました。






 翌日。


 野ウサギが、道を歩いていると、馬をたくさんつれた、男にであいました。


「おはようございます。人間のおやじさん」


 野ウサギは、ていねいにあいさつをして、男に話しかけました。


「ここから、そう遠くないところに、トラの皮がとれる場所があるんだけれど、お教えしましょうか?」


「ああ、ぜひたのむ」


 トラの皮でおおもうけしようと、男は言います。


「おれのいない間、馬たちをよろしくたのむ」


 そして、トラが死んでいった、あの谷に、いそいそと出向いていきました。






 男がいなくなると、野ウサギは、頭上の木にすをかけた、大ガラスにこう言いました。


「やあ、大ガラスさん」


 そして、あまいさそいをかけました。


「あそこに、番人のいない馬たちがいっぱいいるよ。赤ハダのところを、食べたらいいんじゃない?」


「カア。いい考えだ」


 大ガラスは、すを放って、馬たちの赤ハダをほじくりました。


 馬たちは、守ってくれるものもなく、いたみときょうふに、にげまどいました。






 また少し行くと、野ウサギは、ひつじかいの少年に、であいました。


「ぽーん! やあ、人間のあにき」


 そして、さそいの言葉をはきました。


「わたしはタマゴのたっぷりはいった、大ガラスのすがあるところを知っているよ。お教えしましょうか?」


「え? タマゴ!? おしえて、おしえて!」


 ひつじかいは、ひつじの番を、野ウサギにおしつけると、いそいで大ガラスのすがかかった、木の方へむかいました。






 そこから近くの、丘のなかほどに、いっぴきのオオカミがいました。


 それを見つけた野ウサギが、さそいの言葉をはきました。


「ぽーん! あそこのひつじたちに、番がいないの、知ってます? オオカミのお兄さん、今のうちに食べたいだけ食べたらいいんじゃないですか?」


「なんだおまえ……? フッ、なるほど、そういうことか」


 すぐにオオカミは、ひつじのむれに近づくと、にげまわるひつじたちを、食いちらかしました。






 それから野ウサギは、小高い丘にのぼって、あたり全部を見わたしました。


 そこからは、みんな、お見通しのまる見え!




 男が谷でトラの皮をはごうと、必死になっている間に、男の馬たちが大ガラスにおそわれているのも、その大ガラスのタマゴをねらって、少年が木によじのぼっている間、少年が番をあずかっていたはずのひつじたちが、オオカミに食いあらされているのも!






 この様子は、すっかり野ウサギを楽しませました。


 あまりに大笑いしたので、野ウサギのうわくちびるはさけて、今もさけたままだということです。

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