デケーのほうせき
むかし、とある山のふもと、湖のほとりに、美しいほうせきのような家が、いっけんありました。
そこには母と三人姉妹がすんでいました。
母親はおっとをなくし、じんせいの冬をすごしていましたが、わかいころのときめきや、こいをわすれてはいませんでした。
長女はペテといい、秋のこうようのような、ふかみのあるむすめでした。
次女はツィギーといい、夏のそよ風ようにかいかつで、かちきで、まずしいくらしを苦に思わないせいかくでした。
すえのむすめは、デケーといい、春のひざしのようにおだやかで、やさしいけれど、一家がゆたかになることをのぞんでいました。
一家のざいさんは、ヤクのムレただひとつ。
朝からミルクをしぼって、チーズやバターを作ります。
バターは、あかりのあぶらにも、けんこう茶にもなりますし、チーズと合わせれば、シオや大麦とこうかんしてもらえました。
三人むすめは、毎日こうたいでヤクたちを草原につれていき、草を食べさせます。
ある日、まひるまからオンドリの声が聞こえてきました。
きみょうに思ったペテは、ヤクのむれをおいて、しらべに行きました。
声に近づいたかと思ったとたん、声はやみました。
ふしぎに思ったペテが、もどってみると、ぞっとしたことに、ヤクのムレがそっくりきえていました。
ペテがさがしまわっても、ヤクは一頭も見つかりません。
とうとう、ゆうがた近くになり、ペテはガケの上に、赤いトビラがはめこまれているのを、ようやく見つけました。
(あんなもの、まえにあったかしら? へんだわ)
ペテはガケをのぼり、そのトビラをしらべました。
耳をおしつけましたが、なんの音もしません。
そのとき、またあのオンドリの声が、天からふってきました。
ぶきみにおもったペテは、思わずトビラの中へとびこみました。
中には、カベいちめんに、ルビー、ダイヤモンド、サファイア、めのう、ひすい、すいしょうなどの、ほうせきがうめこまれていました。
(ほんものだわ……)
またオンドリの声がしたので、こわくなってペテはおくの方へにげこみました。
すると、金の玉座に、真っ白なオンドリがすわってこちらを見ていました。
「こんにちは」
と、オンドリはしゃべりました。
ペテは、玉座にオンドリがすわっているのだから、これ以上みょうなこともないと思って、おちつきはらっていました。
「こんにちは。オンドリさん。あの……」
「どうしましたか、おじょうさん」
「あの、わたし、大切なものを……ヤクのムレをなくしてしまったんです。それで……」
「ふうむ? なくしものさがしかい?」
「オンドリさん、あなたとむかんけいには思えないので、さがすのを、てつだってほしいんですけど」
「ほう、なら、かわりに、わたしに何をくれる?」
「あげられるものはありません。わたしたちはまずしいの。ゆいいつのざいさんが、ヤクたちなわけで……」
「では、わたしのおよめさんになるなら、ヤクたちのいばしょをおしえてあげてもいい」
「わたしが、オンドリの、およめさんに……?」
「そう。それでなくちゃ、おしえないよ」
ペテは泣いて帰ると、家族に話しました。
「だいじょうぶよ、ペテ姉さん! 明日はあたしがたのんでみる」
「ツィギー、でも、あなたをおよめさんにほしいって、言われるわよ」
「そうしたら、そのどうくつの、ほうせきをうばって、にげてやるわ」
次の日、ツィギーが赤いトビラを見つけて開くと、中でオンドリが、話しかけてきました。
「ご用は、ヤクのことかね。おじょうさん」
「ええそうよ。姉さんから聞いたわ。あなたはむかんけいじゃないって思ってる。だから、おしえて。あたしたちのヤクたちはどこにいるの?」
「かわりに、わたしのおよめさんになってくれるなら、おしえよう」
「あなたね、こまってる人がたのんでいるのに、どうしてしんせつにしないの? おしえなさいよ。知っているのなら!」
「わたしのおよめさんになるならな」
「こなくそー!」
ツィギーはそばにあった、ほうせきを手にとって、うばいさろうとしました。
すると、カミナリの音がして、気がつくとツィギーは外にいて、赤いトビラはもう、おしてもひいてもひらきませんでした。
「ちぇっ、これっぽっちか」
ツィギーは手の中にのこったほうせきをポケットに入れて、そのままわすれてしまいました。
そのまた次の日、こんどはすえのむすめのデケーが、オンドリのもとへ行くことになりました。
姉に言われた通りの道をたどって、赤いトビラをおし開きました。
「ご用むきは、ヤクのけんかな?」
「ええ、そうです。オンドリさん」
「……名前は?」
「デケーというの」
「わたしのおよめさんになるかね」
「……うん」
デケーの目から大つぶのなみだが、二つ、落ちました。
「そのなみだは、家族のことを思うなみだだね。あなたは、いいおよめさんになりそうだ」
そうして、オンドリはヤクが行きたがりそうな、場所をおしえてくれ、ヤクたちはデケーがとりもどしました。
デケーは、ヤクたちの名前を、一頭、いっとうよんで、だきしめました。
「ああ、ヤクマル、ヤクスケ、ヤクタロウ。だけど、わたしは明日にはオンドリのおよめさんになるのだわ」
デケーは考えると、なみだが止まりませんでした。
けれども、家族の前ではけっして、おくびにも出さず、ほほえんでいました。
「おてがらだよ! デケー!」
すぐ上の姉のツィギーが言いました。
「ほんとう、いったい、どうやったの?」
一番上の姉のペテがたずねました。
「わたし、オンドリのおよめさんになると言ったの」
ガラーン!
母親が、言葉をなくして、木のうつわをおとしました。
「ね、ねえ。デケー、それほんとうなの?」
「うん……」
姉たちが心配しましたが、デケーはおだやかに返しました。
「そんな……」
「明日は早いから、もう、ねるね」
デケーは、ねどこに入ると、一人でしくしくなきました。
次の日、天気はなきだしそうなくもり空でした。
デケーは、ふりむかずに行きます。
なみだを見せないように、まっすぐに。
「お母さん、姉さんたち、元気でね……」
そうして、数か月がたちました。
その日は、村のお祭りがありました。
わかものたちが、わざをきそって、集まります。
デケーもそれをわすれてはいませんでした。
「まあ、あのごふじん。きれいなかざりに、ごうかなきもの。けれど、みょうね」
「につかわしくない場所で、見かけたきがするのに」
「あのおうちの、すえのむすめさんににていないかしら?」
近くの女の人たちがうわさして、すぐにそれは家族に知れましたが、家族はオンドリにとついだむすめの顔を、見には来ませんでした。
(デケー、デケー。わすれてはいけないわ。わたしは、家族のためにオンドリにとついだんだもの。なんのひけ目も感じなくていいはずよ)
けれど、はじいっているデケーの目元は赤くなっていました。
(家族のためだったのよ!)
なきそうになる、デケーの目の前を、さっそうとしたわかものが、あおげの馬にのってかけさります。
(わたしは悪いことなど、していないわ!)
そう言い聞かせるデケーの前で、美しく、りっぱなわかものがほほを赤くして、いっとうしょうをさらいました。
(でも……やっぱりつらい)
デケーは、なみだがこぼれないように、いそいでどうくつのわがやに帰りました。
すると、だんろのそばに、白いオンドリの皮がぬぎすててありました。
(え? これって……)
わけはわかりませんが、オンドリはいません。
皮をぬいで、いまごろどこにいるのか。
デケーは、いまいましいその皮を、だんろにくべて、もやしてしまいました。
すると、ほうせきでうめつくされたカベのむこうから、馬のいななきが聞こえました。
ふいに、赤いトビラが開きました。
「だれ?」
デケーがそちらの方へ顔をむけると、祭りでいっとうしょうをとったわかものが、いきをきらせて立っていました。
「あの、どなた?」
ここはオンドリのすみかです。
自分がそのおよめさんであるとは、言いづらく、デケーはかくれてしまいました。
「ああ! オンドリの皮がない! どこだ?」
そのうろたえた声は、まさしくオンドリのものだったので、デケーは気づきました。
「あなた!」
「デケー! あの皮をどうした?」
「もやしてしまいました。だから、あなたにこうして会えたのよ」
「どうして、そんなことをしたんだ!」
わかものは、青ざめて言いました。
「あれがないと、わたしはアクマにつかまって、ドレイにされてしまう。ぶじでいるためには、えいえんにオンドリでいなければ、ならないのに」
「どうしてですか?」
「どうしてと聞くのか。わたしはアクマのけいりゃくで、ざいさんをえるかわりに、オンドリの皮をかぶってすごさないといけない、のろいをかけられていたんだ」
「助かるほうほうは、ありませんの?」
「ある。一つだけ……」
それは、七日の間、ねずにいのりをささげることでした。
「ああ、だけど、そんなこと、だれにたのめばいいだろう。アクマはすぐにやってきて、わたしをドレイにするだろう」
「わたしがやります」
「デケー。ならば、たのもう。だけど、もしダメだったら、このどうくつのほうせきをぜんぶあげるから、それをもって、おうちにお帰り」
「そんなことにはなりませんわ、あなた。あなたをおもう、わたしのきもちをさっしてくださいな」
わかものは、だまってうなずきました。
さて、六日の間、デケーはねむりもせず、休みもせずに、さいだんでいのりをささげました。
しかし、七日目、あまりにいっしょうけんめいにいのったので、目の前がクラクラとして、つい、うとうととねむってしまいました。
すると、わかもののひめいが、どうくつにひびきわたりました。
「うわあー」
「あ、あなた!」
デケーのいのりもむなしく、わかものはアクマにさらわれてしまいました。
デケーは、にもつをとりまとめ、あおげの馬にのって旅立ちました。
おっとであるわかものを、助けにむかったのです。
「あなた、助けるわ! 待っていて!」
デケーが山をくだると、みずうみがささやきました。
『そうではない。こちらではない』
デケーが、家にむけて馬を走らせると、家族が待っていました。
「デケーのいのりは、あたしたち、みんなの心にとどいたかんね!」
「わたくしたち、自分のことばっかり考えて、デケーにたいへんなおもいをさせてしまったのね。許しておくれ」
「いいの。お母さん……」
「あたしたち、きっと助けてあげるから、ごはんとバター茶を食べておゆき」
「ありがとう、ツィギー姉さん」
「アクマは、ほうせきがきらいだっていうから、だからあのどうくつは、カベにほうせきをうめこんでいたんではないかしら」
「ペテ姉さん、それはつまり?」
「このほうせきを持っていけば、アクマをうちたおすことができるかもしれないってことよ! デケー」
ツィギーが、ポケットにしまってわすれていた、ほうせきをさしだして、言いました。
「わかった!」
デケーはほうせきをうけとると、山の森へ入っていきました。
すると、山のしゃめんを、大きなたきぎを背負って、のぼっているわかものを見つけました。
「オンドリさん!」
「わたしをそうよぶのは、つまのデケーにちがいあるまいな……」
わかものは、ろくな食べ物ももらえずに、山のしゃめんをたきぎをせおって、日になんども行き来させられているのでした。
デケーがわっとなきつくと、わかものはつらそうな顔をして言いました。
「帰りなさい。そう言ったはず。今のわたしには、あなたをしあわせにする力がないのだ……」
「そんなことはないわ。わたしは、あなたと人間としてあいしあえることを喜んでいるの」
「アクマがとりついているんだぞ!?」
「アクマなんて、おいはらってあげる」
デケーは、馬のにもつの中から、トルコ石と金、銀のきんぞくを持ってきました。
「アクマがきらいそうなの、ある?」
「だめだ。わたしが、どうくつにとじこもっていても、アクマは来たんだ。そんなもの、やくにたたない」
「わからないじゃない!」
そのとき、ドロドロといううなり声が聞こえ、やみより黒い、アクマがやってきました。
「フォッフォッフォ。そちらの人間は、だれかな?」
「わたしの……つまです」
「フォッ!? ほんとうか?」
「そうよ!」
「ふうむ。おとなしくオンドリになっていれば、大目にみてやったものを、つまをめとるとは、にくらしい。フォフォフォ。それでは、いっしょにほろべ!」
「いや!」
アクマが、黒いツメをふりかざしたとき。
かん高い音がして、それをふせぐものがありました。
ツィギーがくれた、ほうせきでした。
「だいじょうぶ、デケー!?」
そのとき、あとからついてきていた、ツィギーとペテが、かけよりました。
「アクマよ、こっちよ! このトルコ石のはまった、たてを見なさい!」
「ツィギー姉さん、ペテ姉さん!」
「さあ、早くにげて!」
ツィギーが、銀のタンケンを、てにかまえて言いました。
「わたしも、たたかうわ」
デケーもみがまえました。
「だめ、その人を馬にせおわせて、にげるのよ! ここはあたしたちにまかせて」
「そんなことできない」
デケーのなみだが、風にちりました。
ペテが、おとりになるように、デケーからはなれてゆきながら言いました。
「あなたは、あなたのあいをつらぬいて、しあわせになるの。きっとよ!」
そう言うと、ペテはトルコ石のたてを持って、アクマをおいつめ、ツィギーが銀のタンケンでせまりました。
「うぬぅ。そんなもので、アクマをどうこうできると思っている、そのこんじょうが、こにくらしい」
アクマは、天にまでとどくかというほど、きょだいかして言いました。
ところが、わかものが、せおっていたたきぎをなげると、とたんにしぼんでしまいました。
「いったい、どうしたっていうの?」
「今わかったのだ。アクマがおそろしいのは、ほうせきなんかじゃない。あいだ!」
デケーがたずねると、わかものが言いました。
「わたしになかったもの。それは、あいだ。それで、アクマにつけこまれたのだ」
「くそっ! みやぶられたぁ~~」
風がびゅうびゅうふきあれて、アクマは小さくなって、とんでいってしまいました。
デケーは、初めて気づいて、わかものにたずねました。
「あの、オンドリさん。あなたのお名前はなんというの?」
「それは……」
とたんに、大きな音をたてて、おなかがなりました。
「だれだー?」
ツィギーがおどけて言いました。
「……うん、山をおりながら、話そうか」
四人は、山のふもとの湖のほとり、ほうせきのようにかがやく、わがやに帰って、母親の作ってくれた、あたたかな食事をかこんで、しあわせにすごしました。
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