アサンガとミロクボサツ

 むかし、アサンガという聖者がいました。


 彼は、ミロクボサツの知えをえたいと思い、数々のしゅぎょうにはげんでいました。


 けれど、一度もミロクボサツのおすがたを見ることはできませんでした。






 アサンガがどうくつにこもって、いく数年かたったとき。


 外のながめに、鳥たちが集まっているのが見てとれました。


 そして、彼は、鳥がはばたくとき、羽がこすれる岩が、ふかくえぐれているのに気がつきました。


「鳥の羽があの岩をえぐるのに、いったいどれだけ羽をこすったことだろう。わたしもしゅぎょうにはげめば、長いことかかってもミロクボサツの知えを、さずかることができるかもしれない」


 と、勇気づけられて、ますますしゅぎょうにはげみました。






 アサンガが、しゅぎょうを初めてからもう何年もたったころ。


 しゅぎょうで、とぎすまされた彼の耳には、かすかな水音が聞こえました。


 その場所に行ってみると、水がしたたった岩の場所に、深いみぞができていました。


「水のしたたりが、岩にみぞをつくるのに、どれだけの間、かかったことだろう。わたしも、なまなかなことでは、ミロクさまにであえはしまい。がんばるぞ」


 と、ますますねっしんに、しゅぎょうにはげみました。






 アサンガが、とほうもない時間をついやし、苦労していたとき。


 綿のやわらかい布で、太い鉄のぼうをみがく男にであいました。




「なにをしているところだろうか?」




 と、アサンガがとうと、男は言いました。




「針を作っているんでさあ」




 アサンガが目をみはって、そんなことができると思っているのか、といました。


 すると、男は言いました。




「この世の中に、やろうと決めてしっぱいすることは、ないんですよ」




 アサンガには、その通りだと思えましたので、自分もしゅぎょうにはげむことにしました。






 しかし、アサンガの前にミロクボサツは現れませんでした。


 アサンガはついに、全てをあきらめ、どうくつを出ました。


 すると、目の前に、ワキバラのキズにウジムシがたかって、苦しんでいる一匹の犬がいました。


 アサンガは、この犬を助けたいと思いました。


 しかし、そのキズをなおしてやるには、ウジムシをとってやらねばなりません。


 それに、ウジムシは、犬の肉を食べなくては、うえ死にするに決まっています。


 そこで、アサンガは、自分の体にウジムシをはわせようと思いました。


 けれども、ウジムシを手でとりのけようとすれば、つぶしてしまうと考えました。


 そこで、アサンガは、自分の舌で、ウジムシをとりのけてやろうと思いました。


 アサンガが、目をつぶって、犬のワキバラに舌をのばそうとしたとき、犬のすがたが消え、まったく見たこともないような、光りかがやくミロクボサツが現れました。




「なぜ、求めることをやめ、すべてをあきらめた今になって、そのおすがたが見えたのです。ミロクボサツよ」




 ミロクボサツは言いました。




「おまえの心が清らかになり、おまえのちしきに、深いじひの心がくわわって、初めてその知えが完成したのだ。そして、それは今このしゅんかんだったのだ」




「なんと……なんと……」




 アサンガは、ミロクボサツに言われて、そのおすがたがみんなに見えるように、せなかにせおって街をねり歩きました。




「ミロクさまが、ここにおわしますぞ! わたしのせなかに! おわしますぞ!」




 しかし、心のきたない人々にはミロクボサツのすがたは見えませんでした。


 そういった人々は、アサンガの頭がおかしいのだと思いました。


 しかし、アサンガのせなかに、子犬のすがたを見たまずしい老ばは、すぐに富をえました。


 ミロクボサツの、そのつまさきをかいまみた、苦労人の荷運びの人夫は、精神の強さと安定をえました。


 アサンガは、ミロクボサツを、天の国につれて行きました。


 そうして初めて、彼はしんじつの知えの力とどうさつ力を、手に入れたのでした。

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