黒ヘビの花

 むかし、一人の王さまがいました。


 この王さまには一人のおきさきがいました。


 王さまは、このおきさきをたいへん、愛していましたが、たったひとつ、気に入らないことがありました。


 それは、王さまが狩りに行こうとすると、必ず引き止めるのです。




「わけがあるなら、おいい。聞いてあげないこともないのだから」




 と、王さまはやさしく言いますが、おきさきはうらめしそうに見上げるばかり。


 おしだまっているので、王さまはためいき。


 それでも狩りには、行くのです。






 そしてある日のこと。


 森の中で狩りをしていた王さまは、一匹のきょだいなヘビにでくわしました。


 王さまは、こしにつけた剣で、このヘビを切りきざんで、おしろへ帰りました。


 すると……。


 まっ赤に泣きはらした目で、おきさきが言いました。




「あなた、森の中の花の名前を知っていて?」




「ああ、もちろんだ。わたしが選んで、植えたものなのだから」




「では、おちかいになって。五日の間に、森の花の名前を全部言えなかったら、あなたの命をうばいます。そのかわり、ぜんぶ言えたなら、あたくしが死にます」




「いいとも。だけど、わたしが全部言い当てられたところで、とうぜんなのだから、おまえが死ぬことはあるまい」




 王さまは気楽にひきうけました。


 そして、二日の間に、ほとんどの花の名前を言い当ててしまいました。


 ところが、一つだけ名前のわからない花がありました。


 真っ黒な花で、それは王さまが切りきざんだ、ヘビとでくわしたところに咲いていたのです。




「さあ、その花の名を言ってください。どうぞ、はやく」




 おきさきは、せがみましたが、王さまはこまってしまいました。




『わたしの命は三日のうちになくなってしまうから、今のうちにあいさつがしたい。おしろへ来ておくれ』




 と、王さまは親せき中に、使いを出しました。




「どうしたのだい。きみがこんなにこまっているのは。おきさきがどうして、きみの命をもらうというのだい?」




「それはこういうやくそくなのだ……」




 集まった兄弟姉妹たちにそう言って、王さまはへやに引きこもりました。


 しかし、一人だけ、まだとうちゃくしていないものがいました。




『末の妹が、まだ来ない……』




 あいさつもできない、かなしさに、王さまはふさぎこんでしまいました。






 そのころ、遠くへとついでいた末の妹は、か弱い足で森の中を歩いていました。




「いったい、兄さまはどうしてしまったというの?」




 それは、頭上のハゲタカが知っていました。




『母ちゃん、おなかがすいた』




『まあ、お待ち。明日になったら、この森の王さまが殺される。そうしたら、その肉をいただきましょうね』




『それってぜったい? ほんとにほんと?』




『ああ、本当だよ。王さまは、おきさきとやくそくをしたのさ。ぜったいにわからない花の名前を言い当てるってね。だけど、それはできっこない。どうしてか、わかる?』




『わかんないなあ!』




『それはね、王さまが殺したヘビの骨から咲いた花だから。王さまは知るはずがないのさ。だから、明日にはごちそうだよ』




『わあい! 楽しみだね! で、その花の名前はなんていうの?』




『黒ヘビの花』




 それを聞いていた、王さまの末の妹は、大急ぎで走っておしろへ行きました。


 たどり着いてみると、王さまはとてもかなしそう。




「おまえには、わたしがどんな気持ちでこの数日をすごしたか、わからないのだ……顔もみたくない!」




 しかし、末の妹は言いました。




「兄さま、兄さまが死ぬことはけしてない! 花の名は『黒ヘビの花』。兄さまが殺したヘビから生えた花なのです!」




「ほんとうか!?」




 王さまはいそいで、おきさきのところへ行きました。






「ええそう。わかってしまいましたのね。あたくしがかわいがっていた、ヘビの精を、あなたは知らずに殺してしまった」




「おきさきよ、もう、こんなことはやめよう」




「いいえ。あたくしの正体がわかってしまった以上、ここにはおれません」




「おまえの、正体!?」




「まだ、わかりませんの? あたくしは、『黒ヘビの花』!」




「なに!? すると、おまえは人間ではなかったのか?」




「もうおそい。あたくしは、森へ帰らねば……けれども、あのヘビの精はもういない。もういない……」




「恋仲だったのか、おまえは、あのヘビと!」




 もはや、何も言わず、おきさきは姿を消しました。


 王さまが森へ行くと、黒い花がしおれて、かれておりました。

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