白い花とナツメやしの葉

 むかし、人里から離れた森の中に、わかい男がすんでいました。


 男はひがな口をきくこともなく、イヌとサルとネコといっしょにくらしていました。


 不自由なときもありましたが、苦ではありませんでした。


 イヌと狩りをして、サルが足場の悪いガケからとってくるやくそうを売り、ネコにそうこの番をしてもらっていました。




「すまねえな。今日も生きながらえた。これで明日がくれば、もんくねえ」




 男はぼくとつとして、言いました。




「おまえたちがいるから、やっていけるよ」




 そうして、三匹のけものたちに、エサをやってから、ねむるのでした。






 ある日のこと。


 その日は、いつもとちがって、朝から空がとても暗く、ふしぎな声がしていました。




「ほう、ほう、ほうつく、ほう。ほうつく、ほうつく、ほうつく、ほう」




 それを聞くと、友だちのイヌが小屋を飛び出して、森のおくへ行ってしまいました。




「ほう、ほう、ほうつく、ほう」




 それを聞くと、こいびとのようにそばにいた、ネコもどこかへいってしまいました。


 二匹は帰ってきませんでした。


 男は、サルがどこかへいかないように、ヒモをくくりつけました。


 そしてまた、あのふしぎな声がしました。




「ほうつく、ほうつく、ほうつく、ほう」




 サルは、自分でヒモをほどいて、どこかへ行ってしまい、帰りませんでした。


 男は、小屋をでると、耳をすまして言いました。




「あなたはだれなんだ」




 するとなぞの声が、言いました。




「おまえのもとにいた、けものたちは、わたしのどうくつにいるよ……」




 そこで、男はその声のぬしをたずねて、山の中へわけいりました。






 男はふしぎなどうくつを見つけました。


 どうくつにはいると、そこには他の動物たちもいっぱいくらしていました。


 中ではふしぎな声がしていました。




「ぼくの、大切なイヌたちをかえしてください」




 男が言うと、ふしぎな声は言いました。




「イヌはもうじき、としおいるので、その前につまがほしいと言っておる」




 イヌは、やせいの白いイヌと、かけまわり、たのしそうにしています。




「ぼくの、ネコは……?」




「ネコはもうとしおいたので、しかばねをあなたに見られたくないと言っておる」




 ネコは、どうくつの高いところで、男を見下ろしていました。




「ではサルは?」




「ここで、あなたとくらしたいそうだ」




「そんなばかな」




 男は言って、どうくつのおくへと入っていきました。


 そこには、ぐりぐり目玉の大きなツバサをもった、かいぶつがいました。




「ぼくの動物たちをかえしてください」




「あなたのではない。動物たちは、みなびょうどうに、生きるけんりがある」




「でも、ぼくたちは友だちなのに」




「友だち? あなたはその友だちになにをしてあげたんだね? いのちをうばうかたぼうをかつがせ、きけんへおいやり、そまつな食べ物をやっていたのではないかね?」




「それは、ぼくがまずしいからで。それに、いのちをうばうことは生きるために、本当にひつようなんです」




「あなたには、ひとりの時間がひつようだ。自分かってな考えをあらためなさい」




 そうして、男はひとりになりました。


 男は、イヌを思って山や川べりをかけ、ネコを思ってそうこをあらため、サルを思ってがけのふちに立ったりしました。


 どこにもかれらは、いませんでした。


 そして、山の中で、男はいちりんの白い花を見つけました。


 今まで、気にもとめたことのない、小さな花。


 やさしい、やさしいのべの花。


 男は花をつもうとしましたが、どうして、なんのためにと思いなやんで、できませんでした。


 産まれて初めてのことでした。


 男がどうくつに帰ると、だれもいません。


 男はしかたなく、自分の家に帰りました。


 やはりだれもいません。




「ああ、ぼくはどうして、こんなことになってしまったのだろう。もう生きるてだてもない」




 そんなときに、あの白い花を思い出しました。


 男は、自分のために花をつもうと思いました。


 だれもいない、自分のへやに、かざろうとしたのです。


 しかし、できませんでした。


 風のふく中、ゆれているいちりんの花を、自分のように思えたのでした。






 また次の日、男はまた山の中へ入っていきました。


 こんどは、イヌのために花をつもうとしましたが、できませんでした。


 自分より、こいびとをほしがったイヌに、もう自分はなにもあたえるしかくがないと思いました。


 ならば、死にゆくネコにと思いましたが、それはかなしすぎてできませんでした。


 サルのためにと思うと、わきばらがくすぐったくなって、考えるのもちゃんちゃらおかしくてなりませんでした。




「そうか……ぼくは一人だったんだ」




 ようやくさとると、男は花をつみました。


 それをハンカチにつつんで、だいじにもちかえり、どうくつのぬしにさしだしました。




「それを見つけたのだね」




 どうくつのぬしは言いました。




「花は実をむすんでこそ、そのやくめをはたすのだ」




 どうくつのぬしは、花をくちばしにくわえて、はばたきました。


 そして、次の日、口にナツメやしの葉をくわえて、かえってきました。


 さしだされた葉を見て、男はつぶやきました。




「こんな葉っぱ、見たことがない」




「世界は広いのだよ」




「そうか。広いのか」




「月の女神に、あなたの花をささげたら、ナツメやしの葉の一枚ならば、つんでもよいと言われたのでとってきたのだよ」




「ぼくのために?」




「そう、あなたのために」




「そうか、そうか……!」




 男は、ナツメやしの葉をほほにあてると、ゆっくりと立ち上がりました。




「ぼくは、だれかのために、花をつんだのは初めてだった。こんなすてきなおくりものをもらったのも、初めてだった」




「うれしいかい?」




「うれしいよ」




「ほうつく、ほう」




「世界は、だれかのためにあるんだ。思いつかなかった」




「あなたにそれがわかって、よかった。ほう、ほう、ほうつく、ほう」




 そして、男はしょうきをてばなしました。


 ナツメやしの葉を手に持ち、まるでりょううでを、羽のようにはばたかせました。




「ほう、ほう、ほうつく、ほう」




 まっくらなどうくつで、男はふしぎなおどりをおどりました。




「ほうつく、ほうつく、ほうつく、ほう」




「ほう、ほう、ほうつく、ほう」




 そうして、男がつかれてねむりにつくと、どうくつのぬしは、かいぶつの皮をぬぎすて、男のそばへよりました。


 それは美しい女でした。




「おまえはわたしのために、花のいのちをつんできた。だから、わたしもおかえしをした。まんぞくか?」




 男はゆめの中で答えました。




「ああ、とても」

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