トラの死

「ふっふっふ。トラなのだ。家の中に入ってみたはいいものの……ズバリ! もう、あきたのだぁ!」




 ドカーン! ガシャーン! と、トラは中にあった調度品を、こなごなにしました。


 しかし、小屋の壁はとてもがんじょうで、おしても、ひっかいても、外へ出られません。




「もう、おなかがすいたのだぁ! 水がのみたいのだぁ!」




 ねがいもむなしく、三日がたちました。






 みじめになった若トラは、丸太のすきまの間から、外をのぞきました。




「あっ! 小川の水に、えものが近よってきた! よし、この戸を開けさせるのだぁ!」




 やってきたのは、小さなメジカでした。


 トラはねこなで声で、話しかけました。






「やあ、シカのお姉さん。ちょっとこちらへ来て、戸を開けてくれはしないかな? ズバリ! ぼくはおなかがへっているんだよ。外へ出て、えものを食べたいんだよ」




「あれあれ、トラさん」




 メジカは、言いました。




「なんてご不幸かしら。でも、どうしたらキコリの小屋なんかに、閉じこめられたりするのかしら?」




「それは、ぜんぶ、キコリが悪いのだぁ!」




「そうお? でも、わたしがこの戸を開けたら、わたしを食べるのではない?」




「そんなこと、しない、しない」




「そうお? かたく約束してくれる?」




「ああ、いいとも」




「それじゃあ……」




 メジカはトラを助けてあげました。


 ところが……!




「がおう! おいしそうなシカだ。ちょうどいいのだぁ! 食ってやる!」




 トラは小屋から飛び出すが早いか、シカを組みふせました。




「まあ、ひどい!」




 メジカは、おこって言いました。




「あなた、それでは約束がちがいますわ! わたしのしんらいはどうなるの!?」




「しんらい? しんらいだって!?」




 ハラペコのトラは、どなりました。




「おれは、しんらいなど知らないし、このよにぜんいなどというおかしなものが、通用するとは思わないのだぁ! ズバリ! それはムダなものなのだぁ!」




「なんですって!? それじゃあ、わたしたち、けいやくをしましょう。これから出会う、三つの生き物にたずねて、この世にぜんいがあるかどうか、意見してもらいます。全員が、ぜんいなどないと言えば、わたしはあなたに食べられてもかまわない。けれど、そうでなかったなら、あなたはわたしを自由にするのです」




「おお! グッドアイデアなのだぁ!」




 トラは、よだれをダラダラたらしながら、同意しました。


 ぜんいなど知らないトラは、ぜんいを知る生き物になど、であったことがありません。


 このシカの肉をさいて、殺して、食べてやれると思いました。




「ようし、きまった。そのけいやくをするのだぁ!」




 トラとメジカの二人は、つれだってでかけました。






 道を少し行ったところで、わきに立っていた大木が、さやさやとエダをゆらし、こかげをつくっていました。


 メジカは大木に話しかけました。




「おはようございます、木のお兄さん。わたしたち、あなたにそうだんごとがあるの」




「ふう、いいですよ、シカの姉さん。わたしにできることなら、なんなりと」




 大木は、やさしく言いました。




「それというのは、こうなのよ」




 メジカは、トラを見つけ、助けてやったところから、今までのことをぜんぶ、話しました。




「……だから、おねがい。ぜんいがあるかないか、ご意見をきかせてください」




「あなたのお話、とてもおもしろかったです、シカの姉さん。よろこんでお答えしましょう」




 大木は、人生かんを話し始めました。




「わたしは旅人と、にもつを運ぶ動物たちのために、このエダ葉をひろげ、この道に立っています。ですが、彼らは一度としてわたしに感謝したことはありません。それどころか、わたしのまだやわらかいエダを折って、他の動物を追い立てたり、いじめたりするのを見てきました。この世にぜんいなど、ありはしません」




 かわいそうなメジカは、力をなくしてしまいました。


 トラはよろこんで、大きく鼻のアナを広げて、ニタニタとメジカを見ます。






 そこで、二人はまたいっしょに、道を歩いて行きました。


 すると、水牛の親子が、みずみずしい草地で、食事をしているのを見かけました。


 メジカは、この水牛が子牛によりよい草を与えようとしているのを知り、たずねてみることにしました。




「おはようございます、水牛のおばさん! わたしたち、ちょっとしたことで、あなたのご意見を、参考にさせていただきたいのです」




 水牛は、大きな目で二人を見ると、しばらくはんすうしてから、答えました。




「ううんとね~~、いいわよ~~。どうぞ、おっしゃってくださいな、シカの姉さん」




「それというのは、こうなのよ」




 メジカは、大木に話したのとおなじことを、言いました。




 水牛は、はんすうしてから、沈んだ声で言いました。




「ううんとね~~、わたしの意見に価値があるかはわかりませんけども~~」




 水牛は、子育ての経験から、話し始めました。




「子牛なんて、かってなものよ~~。わたしがミルクをやって、はげまして、よりよい草を食べるように気づかっても、大きくなったら、わたしなんておはらいばこよ~~。そこにぜんいがあるかなんて、しんじられないわね、ちょっと~~」




 メジカは子育ての現実に、がくぜんとしてしまいました。


 トラは、これでごちそうにあずかれる、とよだれをまきちらし、目をランランとかがやかせます。






「ああ、どうか待ってください。トラさん、あと一回、もう一回だけチャンスをください。これからであう方のご意見に、したがうかくごは、もうできていますから」




「ふっふっふ。いいだろう。ズバリ! あと一回だ。ふっふっふ」






 そして、しばらくいっしょに行きますと、ピョンピョン、ピョン! と一匹の野ウサギがやって来ました。




「ぽっぽぽ~~ん!」




 野ウサギは変な歌を、うたっています。




「おはようございます、野ウサギの兄さん」




 と、メジカは、呼びかけました。




「わたしたちの間で、意見のくいちがいで問題があるの。少しばかり、お時間をさいてくださらないかしら?」




「ぽぽ~~ん! ああ、いいですとも」




 野ウサギは、道にちょっと立ち止まって、答えました。




「ぼくにできることなら、喜んでしてあげますよ」




「それでは、聞いてください。それというのは、こうなんです」




 メジカは、大木と水牛に話したのとおなじことを言いました。




「おやまあ!」




「この問題では、すでに二人の方にご意見いただいたのです。ですが、この方たちはみんな、ぜんいなんてないとおっしゃる。もう、あなたでさいごなのですわ。あなたの一言に、わたしの生命がかかっているのです」




「これはまったく、キミョウキテレツ! こんなゆゆしい問題を、よく理解しもせず、お答えすることはできません。まず、あなたは、キコリの小屋に閉じこめられた、とおっしゃいましたね?」




「ちがう、ちがう」




 と、トラが、口をはさみました。




「キコリの小屋に閉じこめられたのは、ズバリ! このおれなのだぁ!」




「やあ、わかりました」




 と、野ウサギは言いました。




「ではと。メジカさんが、あなたを閉じこめたのですね?」




「ちがいます、ちがいます」




 と、今度はメジカが話をさえぎりました。




「あなたはまったく、なんにもわかっておられない。そうではないのです」




「ぽぽーん!? さてはて……」




 野ウサギは言いました。




「どうやら話が入り組んでいてわかりにくいから、ここはいったん、現場にもどりましょう。そうすれば、なにがどうなって、起こったのか、ぼくはちゃんとご説明できますよ」




 トラとメジカは、このアイデアにのりました。






 三人は、キコリの小屋の前まで来ました。




「さあ」




 と、野ウサギは、言いました。




「なにが起こったのか、せいかくに説明していただきましょう。まず、メジカさん。トラさんに話しかけられたとき、あなたはどこにおられましたか?」




「ここで、小川の水をのんでいました。そうでしょ?」




 と、メジカは、問題の場所まで行って、答えました。




「では、トラのおじさん。あなたはどこにおられたのですか?」




 と、野ウサギは言いました。




「ふっふっふ。おれは小屋の中にいたのだぁ! ふっふっふ。こんなふうに」




 と、トラは、家の中へ入っていきながら、答えました。




「そう、トラさん。ぼくのそうぞうでは、そのとき戸は閉まっていた。こんなふうに。そうでしょう?」




 と、野ウサギは言いながら、戸をパタンと閉めて、かんぬきをかけてしまいました。




「さ、行きましょう、シカの姉さん」




「え? え?」




「これでかいけつしました。もう、なやまれなくてよろしい」




「あれあれ、本当ですわ」




「今のうちに、さっさとにげましょう」




 そうして、トラは、小屋の中で、うえ死にしたのでした。

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