かりんぽりん

「いえねえ、きっともうじきお訪ねになると思っていたんですよ。ま、ごゆっくりどうぞ。コーヒーでもいかがです。それとも緑茶がいいですか」

 店主はニタニタ笑いながら、レジカウンターの奥へ引っ込んでいった。僕はその不気味な背中を黙って見送っているしかなかった。

 驚愕だ。まさかだ。野球ボールを食用として売ろうとしている人間がいるなど、どうもここ数日で世の中がすっかりおかしくなってしまったとしか思えない。

「昨日、近所の野球部から連絡がありましてね。部活で使うボールがいつの間にか減っているから、いくつか補充したいとのことでした。あたしゃその話を聞いてピーンと来ましたよ。ははあ、たまっころが出たな、と」

「たまっころ?」

「ま、ま、どうぞ。コーヒーくらいいけるでしょう。コレと合わせるといいですよ。あたしもいただきますね」

 店主がコーヒーと一緒にカウンターへ置いたのは、ミカンのようにネットに入ったピンポン玉だった。

 カリン、ポリン。

 枯れた指で摘まみだされたボールが、店主の口で小気味よい音を立てた。

「おひとつ、どうぞ」

 カリン、カリン、コリン、ペキ。

 小粋でリズミカルな咀嚼。静かに玉を摘まんで口に入れる仕草。洗練された上質の食事。間違いない。この人は慣れている。この道の手練れだ。その老練な食いぶりは僕の食欲を容赦なく刺激する。

「いただきます」

「どうぞ、どうぞ」

 ピンポン玉。改めて手にしてみると、軽くてほどよく硬い。ネットの中には白とオレンジがあったが、より食欲をそそるのはオレンジ。

 カ、キン。ココ、キン。

 意外に難しい。老人のように良い音が出ない。

「コツが要るんですよ。こう、奥歯でなく前歯で挟んでですな、臆せず一気に噛み砕くのです。大丈夫ですよ。あんたの歯は健康で若いし、たまっころの牙はボールに対しては無敵ですからな」

「たまっころ」

 カキン、ポリリン。

 今度は上手くいった。これは楽しい。それに美味い。スナック菓子の感覚だろうか。コーヒーにも合う。砂糖はいらない。なるほど、卓球のことを英語でテーブルテニスというが、テニスが紳士の嗜みならば卓上のこれはまさしくお茶会だ。

「もひとつどうぞ。いくらでもどうぞ」

「いただきます。大変美味しいです。ところで、先ほどから『たまっころ』という言葉を使われますね」

「ええ、たまっころ。あたしもあんたも、たまっころ。ボール喰らいのたまっころですわ」

「それはいったい……」

 カキコンポキン。

「妖怪ですわ」

 店主は目尻に皺を寄せて、人の好い笑みを見せた。

「妖怪たまっころ。それがあたし達の正体。その起源は平安――つまり、蹴鞠の時代にまで遡るそうです」

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