きらきら

「下野千恵といいます」

 彼女は臆する様子もなく、座布団の上でお辞儀をした。首の動きに合わせてショートの毛先がするする動いた。

 僕は彼女を自分のアパートへ連れてきた。この真夜中、未成年の僕らが落ち着いて話をできる場所はここしかなかったからだ。彼女は何の抵抗もなくついてきた。

「どうも、僕らは同類のようですね」

「はい」

「ちょっと待っててください。いまお茶でも用意しますから」

 台所に立って湯を沸かしながら、僕はさり気なく下野の様子を観察した。英字Tシャツに紫色のスウェットという恰好は、いかにも部屋着のまま家を抜け出してきたように見える。肌が生白く、あまり運動をしないタイプだろう。なんとなく僕に似ている気がする。もっとも、僕は人目憚る外出であろうと、ワイシャツを羽織る程度の嗜みは持っているのだが。

「あなたがボールを食べたのは、今夜が初めてですか」

「はい。でも、ボールは前から好きだったんです」

 下野は初めて通された部屋でどう振舞ったものかわからぬようで、手持ち無沙汰に座布団の端をいじくっている。それでも僕が声をかけると真っ直ぐにこちらを向いて答えてくれる。やはり緊張している様子はなく、逆に僕の方が、下野の黒目の大きいことに驚いている。

 茶葉を探して台所の下にしゃがむと、ズボンのポケットが突っ張った。下野を連れて倉庫を出る前に、野球ボールを二つくすねていたのだった。

「ええと、僕は野球ボールを食べますが、あなたはバスケットボールから入ったんですね」

「バスケットボール、好きなんです」

 おやっ、と僕は思わず頭を上げて、下野を見返した。下野は声を弾ませ、急に生き生きと目を輝かせた。

「私、あの学校のバスケ部なんです。バスボが大好きなんです。でも、スポーツとしてのバスケは嫌いです。私はバスボをただ抱きしめて、ゴロゴロしているのが幸せなんです。大きなぬいぐるみを抱きしめるみたいな感覚、わかります?」

「わからんでもないです」

「その大好きなボールを投げたり、床にぶつけたり、とんでもないことです」

「言われてみれば、そうかもしれませんね。サッカーボールを友達などと言いながら全力で蹴っ飛ばすのには僕も疑問を抱いていました」

「そうですよ! あなた、ええと、坂本さんは、わかってくれますね」

 下野の瞳は、大魚を釣り上げた漁師のようにキラキラ輝いていた。

 どうも、彼女は僕よりも、なんというか、進んだ人間であるらしい。

「私もそう思うんです。サッカーボールは別にどうでもいいですけど、バスボは抱きしめて可愛がるのにちょうどいい大きさと重さなんです。それをずっと手に持っていたら反則になるスポーツだなんて、あまりに不合理です。私は常々そんなことを考えていたんですけど、誰もわかってはくれませんでした。……そうしたら今日の部活で、ボールの盗難が話題になったんです」

「あっ、やはりバレていましたか」

 僕は茶碗を落っことしそうになった。

 ――この時はまだ、目の前の訳の分からぬ女より、警察の方がいくらか怖かった。

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