ぺしゃぺしゃ
二日続けての奇行に、暢気な僕も些か深刻になってきた。
もうボールを七個も食べてしまった。あの学校がどれだけの注意をもってボールの管理をしているのか知らないが、野球部が今日も部活動をしているのなら、そろそろ数の減少に気が付くだろう。
今更ながら僕のやり方は軽率だったかもしれない。いかに田舎とて、今時はどこに防犯カメラがあるかわかったものじゃないし、倉庫の扉にはくっきりと僕の指紋が残っている。警察へ通報されたらたまったもんじゃない。
じゃあ、どうする? どうもしない。出来ない。どうせ過去にやったことは取り消せないのだから、僕は未来を目指す。いつも通りに大学に行くだけだ。
「貸出をお願いします」
書士の女性は僕の差し出した本に目をやって、眼鏡の奥で少し意外な顔をした。
「珍しいですね。坂本さんがスポーツの本ですか」
「ええ、ちょっと。たまにはこういう本も読みたくなりまして」
僕は文学部でもないのに本の虫だから、この人とも顔なじみになっていた。書士はそれ以上特に追求もせず、型通りに貸出手続きを済ませてくれた。まさか目の前の僕が、食物について調べるために本を借りたとは思うまい。
図書館を出ると、日射しが目に痛い。学生たちは避難するように急ぎ足で移動している。多くの人々が僕とすれ違いながら、僕の周りはとても静かだ。
「やっぱりそうだ」
昼休みや講義の合間を使って、僕は借りてきた本を読んだ。スポーツの本といっても体育の教本ではない。スポーツというものを歴史学のようにまとめたお堅い本で、その格式を誇るようにずっしりと重い。しかし、僕が探し求めるものは割合すぐに見つかった。
ボールというものは現在ほとんどがゴム製だが、かつては獣の毛や皮を使っていたそうだ。特にラグビーボールなどは牛や豚の膀胱を元に作られたという説もあった。
「動物の皮とか内臓なら、まあ、食べることもあるかもな」
アパートに帰ってもう一度その項目に目を通した末、出した結論はそんなものだった。野球ボールはゴムやコルクの芯に牛革を張ったものだから、僕の本能はその革を求めたのかもしれない。けれど、中身のゴムまで食べてしまったのはどういうことだろう。
調べものはその辺で切り上げて、いつものように課題を済ませた。
そして夜を待つ。
あの中学校がボールの異変に気が付いたかどうか、確かめに行こう。
三度目の侵入。僕はもうすっかり慣れていた。門扉を越えてグラウンドを突っ切り、隅っこの倉庫の前に立つ。この扉に鍵がかかっていたりしたら、僕の犯行が発覚したことになる。
取っ手に手をかけた。なんなく開いた。なぁんだ!
元よりセキュリティのいい加減な学校だ。そう心配することもなかったのだ。足を踏み入れた。
――ぺしゃ。ぺしゃ。
物音がする。誰かいる。咀嚼音……?
「君は誰だ」
僕は扉を大きくあけ放った。月の光が差し込んで、中の様子がはっきりと見えた。
「いただいてます」
女の子だった。
白いTシャツを着た女の子が床に座り込んで、バスケットボールを頬張っていた。
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