ぞろぞろ
目を覚ますと昼だった。
窓から差し込む光が顔に当たっていて、目蓋を開ける前から眩しかった。
体中に汗をかいていて、喉がかゆい。布団を抜け出して冷蔵庫のミネラルウォーターをがぶ飲みした。
昨夜、いつの間にアパートに帰ってきて、寝間着に着替えたのか、まるで覚えていない。けれどその前の事ならはっきりと覚えている。
僕は夜の学校に忍び込み、野球ボールを食べた。確か三つは食べたと思う。その後の事がよくわからない。きっと忍び込んだときと同じく、本能に引かれるまま、何事もなく抜け出して来られたのだろう。
鏡を見てみた。体のどこにも変わったところはない。口を開いてみる。いつもの歯だ。昨日は確かに牙だったのに。ついでに歯ブラシを突っ込んで磨いてみる。変なものが挟まっていたり、土や皮の匂いがするわけでもない。服を着替えるついでに体のあちこちを探ってみたが、皮膚がウロコになっていたり、尻尾が生えているといった変化もない。どうも僕は人間のようだ。
「してみると、昨日の事は夢だったのかな」
試しに声に出してみて、どうも、これは違うと思った。
夢だって? 昨日の事実を夢だと決めつけるなんて、それこそ夢物語だろう。僕は覚えている。暗闇で探り当てたボールの匂い。硬くて丸い感触。苦くて不味いのに、何故だか舌が求めるあの味は、間違いなく現実のものだ。夢の中であんなに精巧な幻影を描けるほど、僕は芸術家じゃない。
「バカバカしいったらありゃしない」
僕はなんだか愉快になって、軽く口笛を吹きながらアパートを出た。昨日と同じサンダルをつっかけた。
町は馬鹿みたいに明るかった。夏休みだから子どももそこら中にいる。大人たちは暑さでウンザリしているのに、自転車で突っ走るガキんちょ達のなんと元気なことだろう。今の僕の気分も彼らに近い。なんとなく新しい日々が始まりそうな、そんな気がしていた。
「いらっしゃいませー」
冷房と同じくらい冷え切った声に出迎えられて、コンビニに入った。店に入ってから、僕は何をしに来たのか思い出した。飯を買いに来たのだ。僕は朝食もしっかり食べるクチだから、うっかり抜かすと腹が減ってしょうがない性質なのだ。
ところがどうしたことだろう。僕のお腹はあんまり空いていなかった。弁当のハンバーグを見ても今一つ食欲が湧いてこない。美味そうだな、とは思うけど、今は別にいいやとも思ってしまう。
結局、僕はソーメンを買った。水で戻すだけですぐに食える奴だ。僕は固形物より水が欲しかった。
アパートに戻り、ソーメンを食べた。大して美味いわけでもないが、冷たい水の力でぞろぞろとかきこんだ。
食ってから小便に行きたくなった。考えてみれば、昨日からまだトイレに行っていない。となれば、昨日食ったボールはまだ腹の中にあるはずだ。空腹を感じないのはそのためなのかもしれない。トイレに行ったが、小便の他に、特に変わったものは出てこなかった。
それから大学の課題をやっつけて半日が過ぎた。晩飯は食べなかった。
深夜。
僕はまた中学校に忍び込んで、ボールを四つ食べた。
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