ゆこう
「気が付いた時、私の傍にいたのはおばあ様だった。だからおばあ様にだけ私が見たことを教えたの。おばあ様はとてもびっくりして……ええ、子どもの作り話だとか、幻だとかなんて微塵も考えなかったそうよ。だっておばあ様は知っていたんだもの。たまっころという妖怪が実在すること。そして、おばあ様はそれを退治する一族の末裔だったということを……」
その祖母にしても、たまっころの実物を見たのは過去一度だけだったという。まだ幼い時分に、父とその仲間たちがたまっころを始末するのを見かけただけで、それから半世紀以上もの間、新たなたまっころが発見されたという報せを聞かなかった。もう日本のたまっころは絶滅したのかもしれない、と亡くなる直前も父も推測していた。だから祖母は妖怪のことも、それを退治する組織のことも忘れて、娘夫婦にも一切その話をすることのないまま、平和な日々を過ごしていられたのだった。
しかし平和は、義弟の突然の失踪と薫の目撃談によって打ち砕かれた。
「よりによって、義弟が妖怪だったなんて……」
祖母は悔やみ、嘆いた。長年隣家に暮らしながら、それを見抜けなかった己の迂闊を責めた。そのために幼い孫を恐ろしい目に会わせてしまったのだと、老体が枯れるほどに悔やんで泣き崩れた。
そして、本当に枯れるように、目を瞑ってしまった。
祖母は最期まで実の娘夫婦に真相を話さず、唯一、すでに知ってしまった孫娘の薫にだけ、たまっころに関する知識と、仲間たちへの連絡方法を伝授した。
そうして薫は両親にも知らせぬまま、妖怪を掃除する者の役割を背負ったのである。薫いわく、彼女の両親、特に母はいたって温厚あるいは臆病な性格で、とてもこのような話を聞かせられる人ではないという。
「帰国してすぐ、組織の人たちに連絡したわ。あの人たちは私の立場を理解して、とても親切にしてくれた。けれど叔父様の行方はわからなかったし、それ以来ずっと、ずっと、たまっころという存在に触れることはなかった。……あの古本君が妖怪に化けるまでは」
語り終えた薫はほっと息をついて、ソファに深々と腰かけた。彼女としては、組織の仲間の他に誰にも言えずにいた秘密を吐き出せて、重荷を下ろせた心持なのだろう。その一助となれたのなら僕も嬉しい。もっとも、一番嬉しいのは、彼女が過去を語るために僕の胸から離れ、結果的に僕の食欲も一時抑えられたことなのだが。
「……薫ちゃんは、ずっと辛かったんだね」
「ううん。辛いばっかりじゃなかった。ショックではあったけど、昔のことだし、すっかり忘れて普通の子みたいに過ごしていた時期もあったんだし。うん、珊悟君と付き合いだした頃なんか、むしろ幸せしかなかった」
「薫ちゃん」
「だからね。何度も謝ってばっかりだけど、本当に巻き込んでしまってゴメン。珊悟君の事は絶対に守って見せるから。……じゃあ、もう時間だから」
「薫ちゃん!」
僕は、彼女を抱きしめたかった。ほんの少しでも彼女の心の負担を軽くすべく、この身をいくらでも役立てるべきだと思った。けれど、ちくしょう。僕はたまっころ。いくらかすっきりした彼女がいそいそと出かけていくのを、ただ送り出すことしか出来なかった。
一人残されて、僕は決意した。今のままではいけない。僕の食欲の問題も、薫の苦しみを救う術も、ここに留まっていては何も為せない。
「ゴメンね、薫ちゃん」
僕にできうる唯一の手立てを求めて、久しぶりにスマホの電源を入れた。
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