わいるど

 ラグビーボールはチキンソテーだった。

 屈強な男たちがぶつかり合う競技なのだからボールもそれっぽいのかと思いきや、意外にもビーフではなくチキンの食感がする。それでいてどことなく油っぽく、ガッツリと歯ごたえのあるのは流石にらしいというべきか。

「これはスタミナがつきますね」

「イケるもんでしょう。どうぞどうぞ」

 スポーツショップ南風のレジカウンターは、いまやすっかり行きつけのカフェレストになってしまった。ボールは無論のこと、店主である万代サササカ氏のコーヒーがまた美味い。ボールに合うことを目指して丁寧に淹れられた一杯は、味の濃いラグビーボールにも上品に調和している。

 万代老人は自らをヨーロッパの生まれだと称している。どこの国なのかは教えてくれないが、あまり有名ではない小さな都市の、それなりに裕福な家の出身で、表向きの職業はスポーツ用品店、その裏ではたまっころ専用のカフェを経営している。しかし少なくとも僕はまだこの人に一銭も払っていない。いつも口癖の、「どうぞどうぞ」に促されるまま、タダで飲食をさせてもらっている。正直かなり助かっているが、本業の方でも大きく儲けているようにも思えないし、いったい何をもってこれだけ贅沢な食事を提供してくれるのか、謎の人だ。

「たまっころはボールなら何でも食べられますが、最初に食べたボールが主食になるようでしてね」

 老人は自分のカップにもコーヒーを注ぎながら、長年貯えてきた研究結果を静かに語ってくれる。

「あたしの場合はピンポン玉。あんたの場合は野球ボール。そんであの中学生のお嬢ちゃんがバスケット。それが食事の基本というか、一番食べて満足できるボールになるみたいですな」

「言われてみるとそうですねえ。白米を食べないと食事をした気にならないという人がいますが、僕にとっては野球ボールが米みたいなもんです」

「そうそう、お嬢ちゃんは野球ボールをおにぎりだと呼んでおったそうですな。なかなかいい得て妙じゃあありませんか。そんなわけで、ハイ、ラグビーをおかずに野球もどうぞ」

「ありがとうございます」

 硬式の野球ボールで、ちょっと土が着いているのが僕の好みなのだが、店主はそれを知っていて、事前に汚したものを出してくれる。

「バスケットはステーキだって、下野が言ってましたよ」

「ホホウ、ステーキですか。そいつァまた、お嬢ちゃん、なかなか感性が鋭いですな。それにお腹も丈夫だ。普通の人間でも、ステーキを毎日バクバク食べられるのはよっぽど元気な人に限りますからね。きっとあの人とも気が合うでしょう」

「あの人って、誰です」

「あんたたちと同じように、つい最近知り合ったたまっころですよ。ラグビーはその方の主食でね。今日もここへ来られるというので多めに用意しておいたので、ついでに試食してみたってわけです」

 となると、僕はそのおこぼれをいただいたわけだ。偶然の幸運だがおいしい思いをさせてもらった。その人物には感謝をしなければならないだろう。

「どんな人です」

「もうそこに」

 老人の目の先。僕の背後に誰かいる。足音もなく、いつの間に。

「……お邪魔します」

 分厚い顔に似合わぬ小声でささやいたのは、以前アパートで見かけた大男だった。

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