ぼーの
彼の名は
「青春が、終わっちまうんす」
と、これだけのことを述べるのに、古本はたっぷり二時間もかけた。いかにも押しの強そうな見てくれをしているくせに、初対面の相手に緊張しているのかボソボソと言葉もたどたどしく、おまけにすぐ口籠る。
だが、こいつの話は、休日の貴重な二時間を費やしてでも聞く価値がある。僕の直感によればこの男こそ、失踪中の薫の行方を知る重大人物である。薫がいなくなる直前に二度ほど姿を見かけた上に、最後の電話でチラリと聞こえた男の声と、目の前にいる古本のボソボソ声は似ているような気がするのだ。
スポーツショップ南風の店の奥、万代老人のプライベートルーム。日当たりが良く狭いながらも本物のカフェのような一室で、古本はぐちぐちと泣き言を呟き続けている。時折その口に運ぶのは件のラグビーボールである。ラグビーボールの味はチキンソテーだが外見はパンにも似ているから、それをむしゃむしゃ齧る様子はあまり不自然でもない。万代老人は若者をなだめるように、どうぞどうぞとコーヒーを勧めながら相槌を打っている。僕も同じテーブルで野球ボールをつまみんでいるのだが、話をするのはもっぱら古本と老人だけで、僕は完全に蚊帳の外だった。
僕が考えていることは一つ。古本は、僕と二度ほどすれ違ったことに気が付いているのだろうか?
お互いに慌てていたし、向こうと違って僕の方はいたって平凡な顔だから、印象に残っていないのかもしれない。もしそうだとしたら好都合だ。この男が薫の失踪と何か関りがあるとしたら、僕が薫の恋人だとは知られない方が賢明だろう。
それにしても、身体はデカいのに気の小さい奴だ。
「俺はずっと真剣にラグビーやってきたのに、どうしてこんな目にあうんすかね」
「たまっころもそんなに悪いもんじゃあないですよ。色んなボールを食べられるのは新発見が尽きませんからな」
「そんな呑気な話じゃないっす。食べられるだけならまだしも、それ以外のものが何も食えなくなるっていうのが本当にツラいっす」
その悩みは僕もよくわかるが、同情の声をかけてやる義理はない。
「まあまあ、あんたの言うことももっともです。でもヤケになっちゃあいけません。ボール以外のモノでも、食べる方法はあるんですからな」
「本当っすか!」
その老人の助言はあまりアテにしない方がいい。と、思った矢先にだ。
「そこの坂本さんなんか、山盛りのサンドウィッチをぺろりと平らげた猛者ですからな」
老人の言葉で、古本の瞳がぎょろりとこちらを向いた。
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