ちょうちょうはっし

 敵かもしれない人物に懐かれてしまったら、あなたはどうする?

「スゴイねえ、坂本君!」

 僕の両手は分厚い手にガッチリとホールドされ、眼前には煌々たる銀河の瞳が見つめている。

 これが女の子ならまだしも、ラガーマンだ。

「サンドウィッチを平らげるなんて、どうやったんだ」

「そんなに気になるか。話してやるから手を放してくれ」

「おお悪い、悪い」

 古本は素直に離れたが、目はなお爛々と僕を狙っている。洞窟で鉱脈を見つけた探検家なんかもこんな顔をするのだろうか。

「坂本君はスゴい。サンドウィッチなんて四角だったり三角だったり、とにかく丸くなくて食いにくいものを、ぺろりと平らげるだなんて! そのやり方を俺にも教えてくれよ」

「何故、サンドウィッチに拘るんだい」

「どうしても食べなきゃいけないからだ」

「そりゃまた、何故」

「……えへへ」

 大男の顔が真っ赤になった。

「俺のカノジョがさ、好きなんだよね。サンドウィッチ作るの」

 ほほう。

 僕の口端にはハッキリと皮肉な笑みが浮かんだことだろう。幸い、目ざとい老人は客に呼ばれて表の方に出ていて、目の前の鈍感な古本は何も気づいていない。

「正直、ラグビーが出来なくなった事より、そっちの方が大事だ」

「彼女かい」

「ああ、その人のためにも、俺はサンドウィッチを食えるようにならなきゃいけないんだよ」

「その人……ははあ、その人ってのは、もしかして年上かい」

「おお! スゴいな坂本君、推理も出来るのか」

「生駒薫っていうんじゃないだろうね」

 古本は目を丸くして、「おう」と呻くように頷いた。

「生駒先輩のこと、知ってたのか?」

「僕の彼女だからな」

 ひやり――。

 クソ暑い夏に涼をどうぞ。清涼というには重たいが。

「うそだ……」

「嘘じゃない。僕と薫ちゃんは高校からの恋人だ。僕が食べたサンドウィッチは彼女が作ってくれたものだ。この町の、坂の上にあるアパートでね」

「あ!」

 あんぐりと面白いぐらいに口を開けた間抜け顔。壮観である。やっと思い出したようだ。

「じゃあ、あのアパートの階段で……」

「そうさ。薫ちゃんはあの時僕の部屋に来ていたんだ。それなのに急に消えた。その前後に君がアパートに来ていて僕とぶつかったのだが、おい古本君。君は薫が消えたこととどう関わっているんだい」

「先輩が……生駒先輩が……」

 古本の動揺が、テーブル越しに僕の肘まで伝わってくる。図体がデカいくせに肝が小さいのはどうやら当たりのようだ。

 薫を自分のカノジョなどと抜かす不埒な輩を相手に、駆け引きなどしている暇はない。驚け。怯えろ。戸惑え。ビビったついでに知っている事を全部話せ。でもキレるな。

「ふざけんなッ!」

 野太い拳がテーブルを打って、カップが飛んだ。僕は表向き平静を保ちながら、内心では、「ヤベえ」と思わざるをえなかった。目の前にいるのは、キレた牛だ。

「先輩が二股なんてするわけねぇだろ!」

 古本が椅子を蹴り倒して立ち上がった。殴られる。力では敵わない。でも一発ぐらいは殴り替えしてやる――。

「うわぁ、修羅場! 初めて見た!」

 店の表と繋がる扉から、あっけらかんの鈴の声。

 セーラー服の下野が、口に手を当てて突っ立っていた。

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