おにご
重晴の家来が到着した時、すでに事は終わっていた。
その日は鞠大名が家に嫁を迎え入れての最初の夜で、凶行があったのはまさに事の真っ最中であった。
男の方は重晴とほとんど同じ格好で、しかしこちらは完全にこと切れていた。それに反して女は生きていた。ぐったりと意識を失い、一見死んでいるように見えたが、不思議に体のどこにも傷はなかった。ただひと所、たった今男に注がれたのであろう、情痴の痕跡が生々しく残っていたぐらいで……。無論、比丸の姿はどこにもなかった。
比丸はどこへ消えたのであろう。その行方を知る者はいない。かろうじて生き長らえた重晴は消えぬ傷を抱えたまま、事の後始末に奔走しなければならなかった。この男にとっては結局、愛だの身体だのというよりも、家の名誉が一番だった。このような醜聞が表に出てはならぬという、ただ一点にのみ全ての力を使い果たし、見事あらゆる記録からの抹消に成功した。
故に、この妖怪の存在はほとんど世間に知られていない。唯一それを知るのは、比丸の行方を捜索しに方々へ飛んだ、重晴の家来数名のみである。
この者たちが後に掃除屋と呼ばれる組織の祖にあたるのだが、それはつまり、日本の歴史の裏側で、人間と妖怪の神秘的な戦いが続けられてきた事を意味する。
比丸の行方は消えたままである。では誰と戦っていたのか。そこには重晴の重大な失策があった。重晴は凶事を秘密に葬るため、その目撃者である女――鞠大名の嫁をもどうにかせねばならなかった。どうにかしようとして、し損ねた結果、女に逃げられた。損ねた理由は、女が腹に子を宿していたから。
重晴も、その家来も勘違いをしていた。鞠大名は女を相手に事をなし、その絶頂の最中ないし直後に襲われたのだと。
事実は違っていた。鞠大名は情事の最後の行為へ至る前に死んでいた。女はその死にざまを見て気を失った。その女へ、鞠大名の代わりに事をやったのは、比丸だった。
「昂ったのよ」
千年以上の時を超え、女のなりをした現代の比丸が頬を赤らめる。
「あの方のたまを喰ろうて、歓喜と、痺れるような甘い閃きに、私は酔いしれた。あの憎い女めが不様な股をさらして倒れているのを見て、ふっと腹の底が疼いた。あの方の代わりに、あの方の最後の事を代わってやろうと……。ふっくっく、これは詭弁だな。もっと正直に、私も所詮男であったということだ。あの方への限りない愛と、肉に触れた悦びに、私自身の男が滾ったのだ」
つまりだな、と比丸は妖の目をした。
「お前は我が子。重晴の手から逃げ延びた女が、後に産み落とした私の子。その遥か末の子孫よ。永の時を経て、ずいぶん増えたものだがな」
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