きゅうだい
スポーツショップ南風の床下から、複数の首なし死体が発見された。
死体の腐乱状態には個体差があり、最も古いものと見られる死体はほとんど白骨化していたという。警察は店主の万代イササカ氏を死体遺棄に関わった容疑で捜査しているが、その行方は未だわかっていない。
行方不明になったのは万代老人だけではない。老人が消えるのとほぼ同時に、周辺の土地から複数の人物が見えなくなった。女子中学生の下野千恵もその一人だ。警察のみならず家族も必死に捜索しているようだが、その足取りは全く掴めていない。彼女は最近、バスケ部の活動中にも不審な仕草を見せ、一人で体育倉庫に籠ることが多くなっていたという。何か悩み事があっての家出ではないかとの見方もあるが、その悩みの正体というものは、きっと永遠に理解されないだろう。
そしてもう一つ、世間を賑わしてるニュースがある。それはSNSに投稿された一本の動画で、路上でバスケットボールを貪り喰らうセーラー服の女性が撮影されていた。顔の部分が加工されているのでハッキリしないが、この女性が下野千恵と同一なのではないかという憶測も出ている。無論、両親はこの説を否定している。
『うちの娘はこんな化け物ではない、こんなイタズラ画像を作ってバカにしないで欲しい』
無粋なテレビカメラの前で父親が号泣していた。痛ましい涙だった。
これらのニュースを、僕は薫のマンションで見ていた。薫のマンションは僕のアパートとは文字通りに住む世界が違っていて、一人暮らしなのにどこもかしこも間取りがゆったりとしていて、それでいて無駄なスペースがない。全体的にシックな調度に統一されていながら華やかさを損なうこともなく、理知的に整っていながら冷たくもなく、僕のようなものが急に転げ込んで来ても居心地よく住み着いていられる、とても良い家だ。このまま居候でいられたらどれだけ幸福だろう。
だが、薫はあまりここに居ない。
『珊悟君のことは、なるべくニュースに出ないようにするから。窮屈かもしれないけどしばらくはここに居て』
そう言って忙しく飛び回っている。彼女と、彼女の属する掃除屋の組織というものが、公権力に対してどれだけ権限のある存在なのか僕は知らない。ただ、薫が組織の中で、それなりに発言力の強い人物であることは確かなようだ。
僕はもっと、薫のことを知りたい。知らねばならない。何も好んでたまっころの側としてスパイをやるつもりはないが、僕自身のためにも知っておくべき事がたくさんあるはずだ。
それでいて、最近は薫とあまり話をしていない。彼女が家に帰ってきても、僕は言葉少なにやり過ごしてしまっている。
原因は僕だ。僕の食欲だ。老人がいなくなって以来、僕は野球ボールを一つも食べていない。薫が見ていない隙をついて工夫しながらサンドウィッチを食べているが、本物のボールを食べないと腹が落ち着かない。
『たまっころは進化する』
薫が言った言葉の意味がわかってきた。老人の残虐な食事を目の当たりにして以来、僕の中で好まざる変化が起きつつある。それは想像するだけでおぞましい衝動なのだが、すでに兆しは表れていた。
――薫の頬を伝う玉の汗。あれは美味かった。
人から生じるモノ、あるいは人そのものにも、丸く美味しいものがある。
僕はひょっとすると、薫を食べてしまうかもしれない。それが怖くて目も合わせられない。
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