きみとしあわせに
「今日も人が死んだみたいだね」
「うん。犯人は機関銃の弾を片っ端から飲み込んで、逆に一部隊を壊滅させたらしいよ。きっとウォンの仕業だな。細かいたまを処理するのは得意みたいだから」
排水溝の出口で海を眺め、僕らの小声は大きく響く。コンクリートがお尻と背中に冷たい。
寒くないかい、という代わりに、薫の身体を無言で引き寄せた。薫は赤ん坊のように素直に僕の胸にすがりつくと、目蓋を閉じてつぶやいた。
「……なにやってるんだろうね。私たち」
比丸の一味は完全に人類へ牙を剥いた。その正体は地下街の騒動とともに世間へ拡散され、討伐のためにあらゆる組織が対抗した。けれど、捨てられた新聞を拾い読んでも、たまっころが殺されたというニュースは入ってこない。被害があるのは常に人間の側だけだ。
「私たちがこの惨事を振りまいてしまった。歴史の裏でひっそりと行われていた戦いが、今では日本中……ううん、きっと今にも世界中に広がる戦火になってしまった。私たちの代で、こんなことになるなんて……」
「薫ちゃん。そんなことを考えちゃダメだ。悪いのは比丸と、万代さんだ。この二人が意図的にたまっころの覚醒を促し、暴動へ導いたんだ」
「だけどっ……。一部の人たちの血を覚醒させたのは、私たちの責任でもあるの」
「ウン。……それは、そうだ」
いっそう強く薫を抱きしめる。不思議なことに、薫に対するたまっころとしての食欲はなくなっていた。原因を推測するならば、共食いの防止なのだろう。たまっころは人間を食べるが、たまっころ同士ならば食欲を感じない。この説は、古本が化け物に覚醒しながら僕を食おうとしなかった点からも頷ける。僕と薫は無理やり古本の頭を食ったが、正直に言って美味くはなかった。それは本能からも外れる外道の振る舞いなのだろう。
「だからこそ、僕らは気を強く持たなければならない。責任を取るため、これ以上の被害を出さないため、そして、僕ら自身の未来のために」
「未来? 珊悟君は、私たちに未来があると言うの」
薫は目を上げて僕を見た。丸くてかわいい瞳だ。
「あるさ。あると思わなければ終わりだもの。薫ちゃんも、ここで全てを投げ出したくはないだろう?」
薫は唇をかみしめて頷いた。僕は両手で、彼女の頬を覆った。
「最初からこうしていれば良かったんだ。それがわかっていても今まで出来なかったけれど、今度こそやり抜こう。……比丸と万代さんを殺す。それが僕らのやるべき一番のことだ。わかったかい」
「わかったよ。珊悟君。……本当に、ねえ。私たち、変に遠慮なんかしないで、怖がっていないで、最初から……こうしていれば、よかったのに」
薫が目を閉じたのを合図に、僕らは口づけした。彼女の言うように、僕らはあんまりにも遠慮し過ぎたのだ。お互いに、本当は愛し合っていたくせに。臆病で。そのせいで妖怪の覚醒を促す一助を担ってしまっていた。
もう躊躇わない。愛にも、殺しにも。
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