こーる・おん
僕は古本が嫌いだ。なのに、こいつを見ていると泣けてくるのだ。同じ女に惚れて、望まずして妖怪にさせられ、さらにこいつは老人とウォンにどんな『調教』をされたのか、ほとんど理性なきモンスターと化して突っ込んでくる。
「珊悟君!」
薫を突き飛ばした僕の胸に、古本のタックルが飛んできた。僕はすっ飛んだ。開きっぱなしのドアを抜けて、外へ。壁に叩きつけられた痛みを感ずる間もなく、身をよじって、再度突っ込んでくる古本をかわす。狭い所では不利だ。階段をかけ上がり、地上へ。
ファン。ファン。ファン。明るい日射しの下にサイレンの音が鳴り響く。あれだけ爆発があればそりゃ通報もされる。人が集まる繁華街で、僕は体勢を立て直し、古本に立ち向かう。
三度のタックル。ラガーマンは強い。吹っ飛ぶ余裕もなく、後ろの壁に叩きつけられた。古本はそのままぐいぐいと押してくる。
――内臓が呻きを上げる。だが、たまっころの戦いは細い方が有利だ。
牙を剥き、坊主頭に噛みつく。
「ぎゃっ」
「ああ、古本。その声は以前と同じだぞ。お前はまだちょっとだけ昔の名残がある。だけどすまない。お前を放っておいては、薫にも害を及ぼしかねないんだ」
傷ついた生物の本能で、古本は体を丸めて防御の姿勢を取っている。筋肉モリモリでとても丸い。お前はたまだ。でっかい鞠だ。僕の能力の限界まで口を開く。食ってやる。突っ込んだその時、古本が開いた。食虫植物のように。
僕は食われた。いや、まだ口はつけられていない。古本の手足に絡み取られ、逆に体の内側へ押し込められてしまった。ぎゅうぎゅうと押しつぶされていく。重い。重い。重い。ボールの内側に入れられたみたいだ。
ちくしょう。こいつは何故頑なにたまっころとしての戦い方をしようとしないのだ。食いたくないのか。まあ、僕はあまり丸くないから無理もなかろうが、『あたま』を無理やり食ってしまう老人や比丸の域にはまだ達していないらしい。
ならば僕の方が上だ。今この状況が大きな肉の球ならば、内側からでも食ってやる。僕の骨が砕ける前に。
砕、け……。
ガリッ、と音がした。砕けると言うより割れる音。
途端に僕はボールの内側から投げ出され、路上に尻餅をつかされた。そして見た。
「ううっ」
初め、薫が古本に接吻しているのかと見えた。よく見たらそれどころではなかった。薫は古本の膨れ上がった頬に噛みついていた。
おお、薫ちゃん。薫ちゃん。
君は以前万代老人のことを、「血は繋がっていない」と言っていたね。だけど、万代サササカ氏が君のおばあ様の夫、つまり君のおじい様の弟なら、やっぱり古いところで血は繋がっているんじゃあないのか。君はそれを言葉の上で否定していた。それは、老人と血がつながっている事を、君自身が認めたくなかったからじゃあないのか。四角いサンドウィッチにこだわっていたのは、丸いものに固執しないための用心じゃあなかったのか。僕を恋人に選んだのは、四角いものを食べられる人間だったからじゃあないのか。
「薫ちゃん。たまっころに、なったんだね」
薫は泣いていた。涙が古本の頬にぼたぼた落ちていた。古本の瞳からは徐々に光が失われていくが、その頭脳は理解しているのだろうか。喜べ、古本。お前はこの瞬間、あんなに恋い焦がれていた生駒先輩に口づけされているんだぞ。
古本が慟哭した。僕は跳んだ。薫と二人の共同作業で、古本の丸いあたまを食い切った。
ファン。ファン。ファン。パトカーのご到着だ。
「薫ちゃん!」
僕らは手を取り合って、人間世界から逃げ出した。
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