たま、たま
比丸との決戦は熾烈を極めた。
なりは細くとも名前は丸。僕の牙は溌剌と冴え滾ったが、敵の動きはするすると忙しなく、噛んだかと思えば紙一重に逃げられて、一向に捉えられずにいた。薫の振り回す刃も同じだった。
比丸は主として薫を狙った。女に対する恨みからか、それとも女性の方が体が丸いためか、その美しい顔に隠された牙は幾度も薫の肌に傷をつけた。そのたびに僕の血が逆上し体を飛び跳ねさせるのだが、この憎っくき妖怪にはまるで届かない。
「喰ろうてやる。喰ろうてやる」
僕らが疲弊し、次第に傷ついていくのとは反対に、比丸の白い顔は返り血に染まり、血走った瞳は狂熱に昂り、その動きはますます鋭くなっていく。やはり、化け物だ。
僕は薫に目で合図を送り、一か八かの賭けに出た。僕はこの時のために、決戦の舞台へスウェットのズボンを履いてきた。これが一番脱ぎやすいからだ。
「比丸! お前が食いたいのはこれだろう!」
ズボンと下着を同時に下ろし、股間を露わにする。これが博打のタネ銭だ。
たまっころは最初に食べたものに固執する。比丸が食べたのは鞠だが、こいつ自身の語った昔話を聞く限り、最初の鞠は半分しか食べていなかったようだ。それを食べている最中に重晴に見咎められ、報復に別のたまを食べた。次いで恋の本命である鞠大名のたまも食った。こいつが本当に食いたいのは、鞠よりもこっちではないか? それが賭けだ。
比丸の瞳孔がギョロリと開き、僕を見た。次の瞬間、影のように這い寄った比丸の牙が僕のたまに食いついた。僕はウォンから奪った玉鋼のナイフを後ろ手に隠し持っていた。
激痛で意識を失う前に。
牙と、ナイフと、薫の……。
血。血。景色も、赤く、消える――。
いやだね、こんな格好で死ぬのは。
「珊悟君!」
薫の髪が匂う。女の子って不思議だな。何日も風呂に入っていないのに、ずっといい匂いがする。目を開けて、彼女の膝に抱かれていることを知った。なんて果報者なんだろう。
「……妖怪の生命力って、スゴいね」
「珊悟君、よかった。痛くない?」
「はは、全然感覚がないや。ああ、ズボンを着せてくれたんだね。よかったよ、いつまでもあんな格好じゃなくて……。ははは、本当に無くなったんだね。たまっころが繁殖する気遣いが一つ減ったよ」
「あははっ。……ねえ、比丸の事、聞かないの?」
「君が無事ならそれで全部さ。さて」
僕は体を起こそうとしたが、どうにも足に力が入らなかった。決して薫の脚に甘えてるための演技ではないが、ただちょっぴり、「しめた」と思ったのも事実ではある。
「薫ちゃん、ごめん」
「いいの。さ、仕上げに行こっか。私の経験で知ってる限りで言うとね、多分あんまり時間はないよ」
薫は僕の身体を抱いて、ドアの方へ引きずって行く。僕は存分に彼女へ身を任せた。
たまっころの僕らを始末するために、もうすぐ掃除屋がやってくる。
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