だいだいえん

 僕たちは自ら消えることを選んだ。

 薫はもちろん、僕もまだ人間を食べたことはないが、いつまでもそうでいられる保証はない。殊に僕は妖怪の中でもひと際の外道、同族殺しにまで成り下がってしまったのだから、人間世界で生きる資格はない。

 しかし、万代老人の言うこともわかるのだ。成りたくて成ったわけでもない変化のために、我が身を犠牲にするなんて馬鹿げている。

 僕らは生きるのだ。

「あっ、車の音……」

「掃除屋の仲間だわ。あっちにもまだちょっとだけ、生き残りがいるみたいだから」

「間に合うかな」

「大丈夫。着いたよ」

 薫に引きずられて廃墟の裏口から外へ出ると、そこは枯草にまみれた狭い庭だった。庭の周囲はぐるりと塀に囲まれており、塀はあまり高くもないが今の状態では乗り越えられそうにない。

 普通なら袋のネズミといったところだろう。だが、これも僕らの想定の内だ。とにかく土の上に出れば良い。

「薫ちゃん、行こう」

「うんっ。珊悟君、ちゃんとエスコートしてね?」

 僕は微笑んで彼女の額に軽くキスをすると、手で草をかき分け、むき出しの土に口をつけた。

 土、すなわち大地。大地、すなわち地球。

 地球。

 この星の一番大きなボールを食う。

 僕が食べ出すと、薫も倣って食べ始めた。いくらでも口に入る。たまっころはボールに対しては無敵だから。リンゴの実にもぐりこむ虫のように、僕らは地球の内部へ潜っていく。

 遠い地上で足音がした。さよなら人類。最後の音。

 

 下野千恵さんへ。

 僕はこの記録の中で、君に対して随分と酷いことを言ってしまったと思う。だからまずそれを詫びようと思う。その上で、一つだけ君にお願いがある。

 今回の騒動で、たまっころの存在は広く知られることとなった。ニュースで知った人の中には、新たなたまっころとして目覚める人がいるかもしれない。もし君がそんな人を見つけたら、どうかこの地球の内部へ来ることを勧めてほしい。その人が君のように、ただ一つのボールにだけ恋をする無害なたまっころであったなら問題はないが、そんな究極的なヴィーガンは、きっと稀だろう。望まずして人を喰らう不幸な化物になってしまう前に、どうかここへ導いてほしい。

 この地中は楽園だ。僕らは自由に地球の中を泳いで行ける。とても自由で、お腹も満たせる。僕たちが比丸ほど不死の寿命を持っているかはわからないけれど、僕も、妻も、快適に暮らしている。

 君も気が向いたら遊びに来るといい。もっとも、地球の中はあまりにも広いから、上手く出会えるかどうかはわからないけどね。

 ――ああ、いらっしゃい。

 あなたは何を食べてこうなった?

 テニスボールは枝豆豆腐。ビーチボールはソーダ味。経験の共有は楽しい。

 サッカーボールは……まだ、いないな。サッカーボールを食べたことのある人。もしいたらこちらへどうぞ。地球の虫のたまっころより。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妖怪たまっころ 狸汁ぺろり @tanukijiru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ