みなごろし
比丸。万代老人。ウォン。この三怪物は僕らの襲撃を予測し、対策していた。たまっころの弱点が丸くない武器であることは彼らの方が重々承知だ。
「フフフフフ」
ジャグリングの名手・ウォンの剣さばき。目にも止まらない早業に、僕と薫も初めはたじろいだ。しかし、彼の芸術的な拘りが仇となった。人を斬れる本物の刃であり、かつしなやかで美しい金属。どこで手に入れたかは知らないが、それは玉鋼だった。
まず僕が飛び込んで、ウォンの手に収まるべき剣を次々と口に収めてやった。ちょっと痛いし引っかかるが、玉は玉だ。呆気にとられるウォンの胸を薫が刺した。実をいうとこの刃物の玉鋼で、空腹でちょびっとだけかじってみたら食えたのだ。薫曰く、歴史の裏の記録でも、たまっころが刃を食えたという事例はなかったらしいから、僕が第一号だ。歴史と前例は破るべきものである。
ウォンを喰らい、アジトに踏み込むと、待ち受けていたのは万代老人だった。元は何かの作業場であったのだろう廃墟の真ん中で、老人は壊れた木椅子に腰かけ、ウォンが倒された驚きと、もうすぐ我が身に訪れる破滅への慄きに打ち震えていた。
「なんなんですか、あんた達は。無知なんですか。日本の雅というものはねえ、和歌なんかでもそうでしょう、悲恋であるべきなんですよ。あんた達は互いに傍にいながら心で勝手に壁を作って、それで妖怪になっちまったんです。それっきりで終わりなさいよ。なにを今更打ち解け合って仲良くなって、正義の側に回ろうなんてするんです」
「あなたが追いやった状況だとは思わないの、叔父様」
「黙りなさい、薫! あのねえ、私が妖怪になったのも、お前のせいなのですよ。お前はあんまりにあの人にそっくりだ。お前のお祖母さん、私の兄の妻となったあの人の幼い写真に生き写しで、そんなかわいい子が叔父様、叔父様と慕ってくるんです。長く忘れていた恋の古傷が疼いて、疼いて、たまらなくなってしまうでしょうが。そんなお前が、そいつみたいな朴念仁と一緒になって、この私を……私を……」
「御免なさい、叔父様」
この老人の始末はあっけなく終わった。僕にとっても、薫にとっても、複雑な思い入れのある人であったのに、老人はほとんど抵抗することもなく喰われることを受け入れた。それはまるで、すでに遺体となっているものを処分する儀式のようなものだった。僕は薫を促して、せめて最期の慰めにと、老人の痩せた頬へ先に口をつけさせた。
儀式が終わり、薫は、老人の死に顔に似たさっぱりとした顔で笑った。
「私、三人もたまっころにしちゃってたんだね」
「罪の深い女だね。でも、あいつほどじゃあないよ」
「まことに」
あいつ――比丸は、もうそこに居た。さすがは妖怪だ。なんの気配もなくいつの間にか薫の背後にしゃがんでいて、彼女の尻へ噛みつこうとしていた。僕は頭に血が上り、今までで一番の速度で不埒者へ飛びついた。比丸はふっとかき消えるように素早く飛びのくと、不自然なほど鮮やかな深紅の唇をニィと歪ませた。
「お前たち二人。大したたまよ」
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