むげん

「薫ちゃん。なんか久しぶりだね」

『そう? 五日ぶりぐらい? それより珊悟君、いま学校?』

「ううん、ちょっと買い物しに街に出てる。もうそろそろ帰ろうかなと思っているけど」

『ホント? あのね、実は私もそっちの町に来てるんだ』

「ああ、薫ちゃんも今日は暇なんだっけ。うん。僕も会いたいよ。声を聞いたら顔も見たくなってきた」

『やぁだ珊悟君、今日はやけにがっつくね。いつもそんな事言わないくせに』

 ケラケラと笑う薫の声は、電話を通じて店内によく響く。

 僕が普段言わないような事を言うのは、目の前で堂々と聞き耳を立てている下野と老店主に聞かせてやるためだ。お互い初対面のくせに、「あいつに彼女なんかいたんかい」とでも言いたげな顔をお揃いで見せつけやがって。

 とはいえ薫に会いたくなったのは事実だ。まったく、そこの無粋な二人が示している通り、僕自身は地味で風采の上がらぬ男だろう。それに対して薫は華だ。ともすればセピアになりがちな僕の心に欠かせぬ彩なのだ。

 高校は同じ。学年はあちらが一つ上。合格した大学のランクは二つ上。頭がよく遠慮をしない性格で、あだ名は伯爵。別に貴族ぶっているわけではない。ただ無闇にサンドウィッチを作りたがる。文化祭のカフェで彼女の考案した『無限サンド』を最初に攻略したのが僕だった。それから交際が始まって彼女が卒業するまで、僕の昼食は週五でサンドウィッチだった。

『それでね、晩ごはん一緒にどうかと思って』

「それは良い。……いつもの、だよね」

『うん。サンドウィッチ!』

 晩ごはんにサンドウィッチ!? と下野が顔で言っている。僕は真顔で頷く。

『せっかくだから珊悟君の家で作ろうと思ってね、今スーパーにいるんだけど。何か食べたい具材とかあるかな?』

「食べたいものかぁ……」

『まだ時間が早いから野菜も新鮮なの揃ってるよ。レタスは多目に買っていくつもりだから、それ以外で何かあるなら』

「じゃあ、野球ボールを」

『え?』

「ああ、いや……」

 そうだった――。

 僕はたまっころという化物だった。

『珊悟君?』

「ちょっと待ってて」

 電話を離す。店主と目が合う。店主は笑いをこらえながら憐みの薄目をしている。

「どうしましょう」

「どうって、あたしにはどうしようもありませんな。ボールの他に何が食べられるかはあんたの腹次第ですから」

「ソーメンを軽く食えたぐらいですが……」

「サンドウィッチにソーメンはないですねー」

 尋ねていないのに下野まで口を挟んでくる。カリン、カリンと見せつけるようにピンポン玉を喰らいながら。いっそその玉をパンに挟んでみたらどうだろうか。結構イケそうな気もするが、薫にそんな事は言えない。

 ボール。玉。玉……。そうだ。

「薫ちゃん。玉子だ。玉子サンドが食べたい。たっぷりとね」

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