ひひ
「下野さん、すみませんが今は立て込んでいるんです」
『声聞けばわかりますよ。そうだと思って、万代さんから助言があるみたいです。いま代わりますね』
万代さんとはどうやら、例の老店主のようだ。まるで見てきたようにベストなタイミングだ。
『どうもどうも、スポーツショップ南風の万代です』
「あのお店、そんな喫茶店みたいな名前だったんですか」
『表はスポーツ用品店。裏ではたまっころ専用カフェみたいなものをやっていましてね』
「たまっころって、そんなにたくさんいるんですか」
『そりゃもうゴロゴロと……と言うのは大袈裟ですが、偶にいるんですね。まだ自分がそうだと気づいていないだけで、可能性のある人はもっと多いんじゃないでしょうか。ま、そんなわけで私はちょいとばかし、たまっころの知識があるわけですがね。たまっころがボール以外のものを食べる方法も、知ってなくはないのです』
「な、なんですかそれは。早く教えてください」
『いえねえ、早く教えてもよかったのですが、あんたがあんまり急ぐもんだし、それにあんたの言う愛の力とやらがどの程度のものか、一つ見てやろうとも思いましてね。いっひっひ』
この助平爺。と怒鳴ってやりたいが、今はこの人だけが頼みだ。
「健闘はしたと思いますが、六つが限界でしたよ」
『ほーう。それは大したもんですな。いえね、もっと早くに泣きついてくるんじゃないかってこちらのお嬢さんと話し合っていたんですが、意外に連絡がないものでお嬢さんが痺れを切らしましてね。それで電話を差し上げたというわけです』
人の奮闘を楽しみやがって。こっちから先に電話をしていたらとんだ恥をかくところだった。アテが外れてざまあみろ。
「それより、早く対処方を教えてください。あまり長くも話していられないんです」
『ですな。と言っても、半分はあんたが当てたことです。玉子はタマ。丸い。そんな思い込みで、無理やりボールと決めつけてしまうのはかなり有効です。これでとりあえず喉は通りますが、問題はその先で、あくまで思い込み続けなくっちゃあいけないんです。やっぱり無理があるだとか、こじつけが過ぎるだなんて思わずにですね。それを踏まえた上で必要なのが、とにかく丸めることです。形を少しでもボールに近づけるんですな。いいですか、一番大事なのは、喉を通った後もボールを食ったと思い込み続けることですぞ。たまっころというのは観念的な妖怪ですから』
店主は得意げに語っているが、正直に言って、今一つ参考になったようなならぬような、なんとも曖昧な助言だ。もったいぶってこの程度の事しか言えぬということは、やはり根本的な解決法などないということなのだろうか。
そんな思いを店主も感じ取ったのか、いくらか申し訳なさそうに声のトーンを落とした。
『まあ、あくまでその場しのぎの、緊急回避的なやり方です。とにかくそれで乗り切ってください。ところで、一つ確認したいんですがね』
「手短にお願いします」
『あんたの彼女さんは、そのサンドウィッチを自分でも食べてましたか?』
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