とーんとん

 あんたは不思議に思ったことがありませんか。

 なぜこの日本では、球技というものがロクに発達して来なかったのでしょう。

 飛鳥時代の頃に中国から蹴鞠という遊戯が伝来して、それっきり。それっきりなんですよ。後は室内遊戯の手毬があったぐらいで、この日本という国では、近代になるまでボールを扱う競技がまったく行われずにいたんです。

 赤ん坊の目の前に、何でもいいからボールを一つ転がしてごらんなさい。赤ん坊はすぐ夢中になりますよ。転がす、蹴っ飛ばす、それを追っかける、ボール遊びは人間の本能なんです。それはもう古今東西、肌の違いも言葉の違いも関係なく。それなのに日本人は実に長い間、自らの本能を殺し続けてきたんです。

 妖怪たまっころの仕業でね。


 ――さるところの大名。貴族の中でも身分は低く、武芸に秀でず、歌も下手。おまけに見目も麗しいとは言い難いが、ここに取り柄がただ一つ、蹴鞠の技だけ達者であった。

 誰が呼んだか鞠大名。ウグイスがホウと鳴けばトントントン。ホーホと鳴けばトーントン。日がな一日それだけで、満足してる鞠大名。

 されど近ごろ鞠大名、蹴鞠の型に不満があり。蹴鞠は『くつ』の裏を人に見せず、雅に蹴るのが粋なもの。鞠大名はそれが不満。確かに雅は大事だが、若き血潮、迸る元気の表れに、もっともっと景気よく、トォーンと高く蹴り上げたい。そのような心の欲求が、桜の蕾と競うようにむくむく育っているところであった。

「誰ぞおらぬか」

 鞠を蹴りながら声をかけても、狭い庭に返事はない。主人の鞠狂いは皆の知る所だから、鞠大名がトントンとしている間は、誰も庭には近づかぬ。

「誰も見ておらぬであろうな」

 あたりを見ても誰もおらぬ。そうと確かめた鞠大名、そろり、そろりと息を整え、落ちてきた鞠目掛けてえいやと一閃、ポォーンと高く蹴り上げた。

「ややっ、しまった」

 飛んだはいいが狙いがそれた。鞠は遠い空へと舞いあがり、屋敷の塀をも乗り越えて、往来へと真っ逆さま。

 折り悪く、そこに一台の牛車があった。

「あれ、危ない!」

 牛を引いていたのは、年端もいかぬ美貌の童。機転の利く子で、空から鞠が落ちてくるのを知るや否や、牛に当たって驚かせてはならぬとひとっ跳び。落ちる鞠に跳ぶ童。見事がっちり中空で、胸に鞠めを抱きとめた。

 と、その衝撃――。その時なのである。童は生まれて初めて、鞠というものを必死になって捕まえた。ほんの刹那の間に、頬の赤らむ高揚。胸に抱き止めた力強い衝撃。無事成し遂げた悦び。たくましく、男らしい躍動。童は一つ門を開いた。

 鞠とは、こうして楽しむべきものだ。

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