はむ
うちの伯爵は紅茶でもコーヒーでもなく、ペットボトルの烏龍茶を好んで召し上がる。
「結構キッチン片付いてるね。さてはあんまり料理してないな?」
「最近はね」
バーベキューでビールをぐいぐいやりながら肉を焼く輩の如く、薫は手際よくサンドウィッチを拵えながら烏龍茶を啄んでいる。テキパキ、チョイチョイ。カワセミかハチドリが元気に飛び回っているみたいで、見ていて気持ちがいい。伯爵は己が壇上に人が上がることを好まないので、僕はテーブルに頬杖ついて彼女の演舞を堪能している。
たまらなく幸せな時間だ。腹が減ってさえいれば。
気を紛らわせるためにいろいろな事を話した。お互いの大学の事。同級生で早くも結婚した奴がいること。薫のマンションの近くに狸が出没すること。特におでんは鍋料理なのか煮込み料理なのかという議論は大いに白熱した。「おでんの中身は何が好き?」というありふれた質問で、玉子が好きだということを強く主張した。
「珊悟君そんなに卵好きだったっけ」
「ウン。玉子が主食でいいぐらいさ」
「大袈裟」
笑いながら伯爵が運んできた皿の上には、十人前のピクニックかと見紛うほどのサンドウィッチ山がそびえていた。注文の玉子サンドはもちろんのこと、ハムレタス、ツナ、何らかの薄切り肉と種類も豊富だ。
「人の台所で料理するのって新鮮だから、勝手が違ってないといいけど」
薫のサンドウィッチは長方形で、片手で持っても崩れにくい大きさと厚さであることを絶対とし、一つに挟む具材は最大二つまでという拘りがある。見た目はいつも通りで、とても美味そうだ。
美味そうならば何も考えるな。本能を殺せ。その手に掴め幸福を。
「夕飯にはちょっと早いけど」
「いただきます!」
まずは玉子。これが食えねば話にならない。店主が指摘した通り、パンに挟まれた玉子は見事に潰されて原形を留めていない。
目を瞑ってイメージする。これは玉子だ。元は丸く、ボールに近いものなのだ。どこかの国では生卵を投げる祭りがあるというではないか。だからこれは実質ボールなのだ。
食む。
「どう?」
食む。口を利いている暇はない。イメージがあるうちに食べきる。
わかっていたこどだが、辛い。味は美味く舌は喜んでいるのだが、とてつもなく喉を通りにくい。特にパンめが引っかかる。体が拒絶しようとしているのがハッキリとわかった。たまっころの食性にとって、サンドウィッチはレンガを食うに等しいようだ。
だが、僕の愛を舐めるな。
「……たまらない」
「美味しくて?」
「モチロン」
ごっくりと、一つ目のレンガを越えた。ザマァミロ。僕の腹よ、胃よ。今は僕の愛に従え。
僕はたまっころである以前に坂本珊悟。目の前で微笑む薫の恋人なのだ。
だから腹よ。ごろごろ痛むな。まだ一つ目だぞ。
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