第10話あなたを癒したけれど

 目が覚めた時、手をしっかりと握られていた。




「……………あ」


「リナ様」




 アマナ様が、私を見下ろしている。


 カーテンは開けられていて、明るい陽射しが注ぐ見慣れた部屋なのに、どこか悪夢の続きのように無機質に冷たく感じて、私は眠る前のことを思い出した。




「気分はどうですか?」


「アマナ様……………あ、私」


「……………あなたは1日に複数力を使って精神的ダメージが大きく、蘇芳殿の治療にやって来ていたお医者様に鎮静剤を打っていただき、強制的に二日ほど眠ってもらっていました。状況を見て、私が判断しました」




 握られた手に力がこめられ痛いぐらいだった。




「………………森でさ迷っていたあなたを神殿に招き、私があなたを聖女と認定しました。ですが、今はそれが良かったこととは思えません。こんなに力を使い続けていたら、あなたはその内…………心を壊してしまうかもしれません」




 顔を曇らせるアマナ様に、私のことを彼女がどんなに心配したかが伝わり、鼻の奥がツンとして唇を噛む。




「申し訳ありません、アマナ様。分かっていたのに力を使ったんです。全部自分の責任です。心配かけて本当にすみません」




 私を見る彼女の顔は晴れない。




「その力は、あなた自身の心を消耗します。あくまで他人の心の傷だから直接経験したものではないとしても、頻繁に受け続けていては、あなたの心が死んでしまいます。あなたが受けた傷は、誰も治療できないのですよ?」


「……………はい」




 一人この世界に墜ちてきて、暗い森の中をさ迷っていた私を、神託によって探しに来たアマナ様率いる神官達が保護してくれた。それからずっと私の先生で祖母のような存在のアマナ様。




 蘇芳を治療した後悔はない。あの時は、それによって彼女に心配を掛けるなんて考えもしなかった。


 こんなに心配してくれる人、今まで私にはいなかったから。




「まだ苦しいですか?」


「いえ……………眠って随分楽になりました」




 感じていた痛みは薄いが、心が疲弊しているらしく気力が湧かない。ずっと横になっていたいが、彼が気になった。




「…………………蘇芳は、どうしていますか?」




 聞けば、アマナ様は微かに眉を潜めた。




「まずは自分を労らないと……………まあいいでしょう、無事手術を受けましたよ。今はまだ休んでいます」


「良かった」




 ちゃんと手術を受けたんだ。


 そう思ったら、ホッとして、私はベッドからなんとか起き上がることができた。




「み、見舞いに………………」


「無理はしないで下さい」


「す、少し様子を見たいだけです」




 言ってはみたものの、脱力感が酷くてベッドから降りられなかった。




「ヤト殿」


「はい」




 アマナ様が見かねて後ろに声を掛けると、開け放した扉の外から、ヤトさんが返事をして入って来た。




「彼の所へ連れていってあげて下さいな」


「承知しました」




 ヤトさんが、不機嫌さを隠さずに私をヒョイと姫抱きにするものだから驚いた。




「わ!や、ヤトさん」




 身を固くして慌てる私に、アマナ様が確認する。




「触れられることに拒否感はありますか?大丈夫ですか?」


「だい、じょうぶ、です」




 正直、怖い。でも嫌だと言ったら、ヤトさんが傷付くだろうに。


 胸の上で両手を組んで縮こまる私を、ヤトさんは無言で見下ろすとアマナ様に一礼して歩き出した。




「…………………や、ヤトさん、怒ってるよね?ごめんなさい」




 角を曲がった所で恐る恐る口を開くと、彼はピタッと足を止めた。




「怒ってますよ、当たり前じゃないですか。もう力は使うなと言ったのに言うことも聞かず、こんなになって………………」


「ご、ごめんなさい!もう二度としないから」




 信用できないといった目で、私を見ていたヤトさんが深く溜め息をついた。




「いっそ聖女の力が無くなれば、無理もできないでしょうに」


「ごめんなさい、ヤトさん」


「………………聖女の力は、『婚姻』か『帰還』で消失すると聞いています。だったら」




 言葉を一旦切り、ヤトさんは横抱きにしたままの私を真剣に見つめる。




「……………リナ様、あなたはまだ皇太子との結婚が正式に決まったわけではないのでしょう?」


「は、はい」




 私は元の世界に帰るか、この国の皇太子と結婚して留まるか、まだ決断できていない。


 元の世界に、私を待つ人はいない。でもこの世界で一生生きる決意もつかないでいる。


 一年後に開くゲートを通れば帰れるのだが、それを逃せば、私の生きている内に次のゲートが開くことはないらしい。


 完全なる皆既日食で世界が闇に包まれる時にだけ、僅かな時間ゲートは開く。


 その短い時、私は………




「結婚は、皇太子殿下でなくてもいいはずですよね?」


「はあ、まあそうです。なんか聖女と結婚するのが慣例みたいですけど無理しなくていいのに」




 あの王子様は凄く優しい人だから、身寄りのない私を引き取ろうとして求婚してくれた。でも、一生面倒みてくれるなんて申し訳ない。折を見て断らないと。




「俺では、ダメですか?」


「へ?」


「俺なら、すぐにでも……………」




 ぽかんとして見上げれば、赤い顔をしたヤトさんの、私に向ける視線が何だか怖い。


 それに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。




「ヤトさん、ごめんね。そこまで私を心配してくれて、そんなこと言わせるなんて、私、私………自分が情けなくなってきた!ごめんなさい、もう二度と心配掛けないようにするから、自分を犠牲にしないで下さい!」


「ぎ、犠牲?」




 ヤトさんは、しばらく考えていたようだった。私はひたすら待った。


 やがて再び歩き出した彼は、また溜め息をついた。




「そうくるとは思っていました、いましたけどね。いいんですけどね」




 呆れられて見放されただろうか。アマナ様と同じくらい私と付き合いの長い彼に嫌われるのは堪える。アマナ様が祖母のようなら、ヤトさんは私のお兄ちゃんのようなものだから。




「ヤトさん嫌わないで、ごめんなさい」


「………………はいはい」




 ガタンと物音がして、驚いて二人同時に前を見たら、蘇芳が壁に片手を付いて、よろめきながら私達を見ていた。


 顔半分は包帯を巻かれていて、見えている片目だけが大きく見開かれていた。




「蘇芳!」




 部屋から出てきたところだろう。手術後で足元がおぼつかないようで、壁を支えにしている彼は歩くのも危なっかしい感じだ。




「寝てなきゃダメだろ」




 私を抱えたままヤトさんはそう言うと、彼に近付いた。そんな私達を、まばたきもせずに見ていた蘇芳が、顔の見える部分を苦しげに歪めて呟いた。




「……………………………なに、これ?」




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