第5話磨けば宝石になるけれど

「じっとしていてね、蘇芳」




 私は赤い髪に鋏を入れた。ジョキジョキと小気味良い音を立てて、無造作に長かった髪が床に落ちていく。


 鋏を目にしたら、僅かに身を固くしたが、髪を切るだけだからと言えば大人しくしている。


 彼は言葉を理解しているし、相手が自分にどういう気持ちを持っているかも敏感に察知していて、私やアルマ様の言うことに従う代わりに、ヤトさんやマリーさんには拒絶を示して部屋の隅に逃げてしまう。




 後ろ髪を切り終えて、前髪に取り掛かる。




「髪が目に入るかもしれないから、目を閉じていて」




 言えば、すっと瞼を閉じる。


 髪を櫛で持ち上げて、真っ直ぐにならないように気を付けながら切っていく。




「睫毛長い」




 隠れていた赤い眉は、思ったよりも形が良い。睫毛は長くて鼻筋は高い。唇は男性にしては厚い方だろうが、それがどことなく………色気がある。




 ついじっと見ていたら、いつの間にか目を開けた彼が私を見返していた。水色の瞳は、逆に私を観察しているかのようだ。その戸惑っているものの、好奇心を覗かせた顔つきは19歳の私と同じくらいの年齢を感じさせた。




「傷は痛くない?」




 頬を走る傷の横に指を伸ばすと、蘇芳はハッと我に帰ったように目を見開いて、直ぐに私から傷を隠すように顔を背けた。




 傷を恥じ入る様子に、私は今日の治療を何にするか考えた。


 人が心に傷を負った時に一番必要なものは、他者からの無償の愛情だと思う。


 正直彼に会ったばかりの私には、当然そこまでの深い感情は無い。あるのは、彼への同情と憐れみや親切心など。それに、聖女としての矜持みたいなものだ。




 彼の兄からの聖女の力を侮った言動は、言われ慣れているとはいえ、それでもムカッとくるものがあった。ならば、徹底的に蘇芳を癒してみせようと意地が湧いた。




 つまりは、この人をプロデュースしてみたいと思ったのだ。




 髪を切った後、伸びた爪を切り、ヤトさんに手伝ってもらい剃刀で顔を整える。


 鋏の比ではなく、剃刀を肌に当てると、彼は冷や汗を流して歯を食い縛っていた。




「ごめんね、直ぐに終わるから」




 私が彼の震える拳を包むと、応えて握って健気に耐えている。


 顔の傷が刃物によるものなら、この怯えようは説明がつく。




「ほら、終わったぞ」




 屈んで手入れをしていたヤトさんが身体を起こしたので、私は蘇芳の顔を改めて見てみた。




「……………蘇芳」




 彼は、原石だった。




 青白い肌は、光を浴びれば健康的な肌色になるだろう。


 こけた頬や痩せた肩や背中は、きちんと食事をして栄養を取れば青年らしい身体になるはずだ。


 顔の傷だって目立たなくできるかもしれないので、日を改めて治療を開始すると医者は言っていた。




 でもそれを差し引いても、彼は整った顔立ちをしていた。


 髪に隠れていた水色の瞳は柔らかな春の日差しを浴びた川面のようで、その奥には確かに理知的な光が宿っている。


 一番に目を引かれた赤髪は華やかで美しいが、彼の顔立ちを妨げずに寧ろ引き立たせている。




「ヤトさん、蘇芳カッコ良いじゃないですか!」


「あー、まあ、でも傷がありますからねえ」




 傷があるだけで、ヤトさんには彼の整った顔立ちは目に入らないらしい。




「リナ様?」




 私がむくれた顔をするのを、判らないといった風にヤトさんは首を傾げる。




「何でもないですーありがとーもういいですー」




 おざなりに言って、キョトンとするヤトさんを部屋から追い出す。


 座ったまま床をぼんやりと見つめる蘇芳を見て、肩をぐっと掴む。




「蘇芳、あなたは誰が何と言おうと綺麗だよ。例え外見が………ううん、顔も素敵だからね、それにあなたの心は凄く綺麗なのを私は知っているから。だから…………」




 彼の兄が投げ付けた言葉。あんな言葉を何年も聞き続けていたなら自分を肯定することは難しい。




 そっと彼の胸に手を添えると、蘇芳がピクリと反応して私に目を向けた。




「あなたには前を向いて生きる権利があるの」




 自己肯定感。


 生きていていいと思えたら、彼を取り巻く世界は変わるはず。




 蘇芳の心に入り込む為に、集中して目を閉じる。




「少しだけ覗かせてね」




 心を診ることは、裸を見られるよりも恥ずかしい場合があるから気を付けなさい、とアマナ様は言っていた。


 蘇芳もそれを感じるのだろうか、胸に置かれた私の手の袖を不安げに握りしめる。




「蘇芳」




 落ち着かせようと、もう片方の手で、袖を握る手を取った。すると彼の手は、自分から私の手を握る為に力を込める。


 少々強めの力は助けを乞うているみたいで、余計に私に使命感を与えるようだった。








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