第18話心を知りたいけれど

 蘇芳と私には壁がある。


 彼は私が分からないと言ったけれど、私も自分が分からないから当然かもしれない。




 ただ分かるのは、人の心を覗く癖に、私は自分の心を覗かれるのが凄く怖い。私の心は綺麗じゃないから…………それだけ。




「蘇芳、具合はどう?」




 ノックをしても返事がなく、私は躊躇いがちに扉を開けてみた。ライオネル様が帰ってからここ数日、蘇芳は具合が悪いからと部屋に閉じ籠っている。




 ベッドの上、こちらに背を向けて寝そべる彼がいた。顔は見えないが、声を掛ければ身動ぎしたので起きているようだ。




 近寄りがたさを感じたものの、あまり食欲もないのが心配で、私はベッドサイドにある小さなテーブルに夕食のトレーを置いた。




「蘇芳」


「……………………………」


「熱は?」




 体調が悪いのではないと薄々分かっていたが、反応が返らない彼に、取り敢えず額に手を置いてみた。




「…………………リナはズルいな」


「え?」




 額の手を素早く掴んだ彼が、ようやくこちらを向いた。




「そうやって入り込んだと思ったら、直ぐに逃げていくんだから」




 力なく笑う彼に、何と返せばいいか分からず私は手を取られたままベッドに腰かけた。




「………………蘇芳、この前自分から話すって言ってたこと聞いてもいい?」


「昔の僕のこと?」




 頷けば、話す用意はできていたのか、彼は上半身を起こすと「いいよ」と返した。




「ただし、リナの話も聞かせて。僕もリナが知りたい。向こうの世界でどんなふうに過ごしていたのか知って……………リナを分かりたい」




 ギクリとするのを抑えて、私は二度頷いた。




「僕の心を見たリナは知っているだろうけど、僕は実の父親に殺されかけたんだ」




 膝を立てて窓の外を見ながら、アマナ様から聞いた話だけどと前置きして、ぽつりぽつりと蘇芳は語った。






 公爵である父親と王女だった母親が政略結婚をしてほどなく兄が生まれた。


 母はとても美しい人で、結婚しても社交界に出れば注目の的だった。時折他の男から口説かれることもあったらしいけど、母がそれを相手にしたかは今となっては分からない。


 だが父は当然それが気にくわない。


 屋敷に閉じ込めて、人目に触れないように軟禁していたらしい。


 元々精神的に弱い人だった父は、その頃には賭け事やクスリに手を出して領地の仕事なども疎かになっていた。


 兄が生まれて12年後に僕が生まれると、父の状態は酷くなっていった。


 兄であるレクスが生まれてから何年も、母は子供を授からなかった。諦めていた矢先に妊娠が分かり、父は母が浮気をして子を為したかと疑ったそうだ。




「この髪も目も、僕は母によく似ているそうだよ。兄のように、父には似なかったんだ」




 勿論母は身の潔白を訴えたが、父は信じなかった。僕が一歳になる頃には、父の精神状態は酷く、正常な判断をできるものではなかった。


 クスリの副作用による幻覚で、ある日突発的に父は僕を殺そうとした。




「その時のことは、僕も朧気にだけど覚えているんだ。母の悲鳴や血だらけの床………………」




 顔を斬られた僕を抱えて、庇おうとした母は父に斬り殺された。


 悲鳴を聴いて使用人達が駆けつけた時には、父も自殺した後だったらしい。




 僕は医者に診せられることなく、そのまま幽閉された。当時の国王である母の父親が事件を隠そうとした為だ。


 仮にも元王女が夫に殺されて、子供は浮気相手の子かもしれないなんて広まったら、王家の威信に関わるから。だから公には僕と両親は馬車に乗っていて崖から落ちて事故死したとされている。




「兄にとっては、僕は母が殺されるきっかけになったも同然なんだろう。僕を生かしていたのは、怒りとか悲しさとかの捌け口の相手が欲しかったからかもしれない。僕の傷を眺めては、兄は少しの間満足そうだったから」




 皮肉げな笑みを唇に含む蘇芳に、何か言わなければと焦る。




「でもっ、それなら神殿に連れて来たりしないよ。お兄さんだって、蘇芳の傷を治したいと思っていたからここに来たはずだよ」


「…………………気まぐれであっても、それだけは感謝してる。リナに会って治してもらえたからね」




 私を見つめて、蘇芳は少しばかり首を傾けた。




「でも、リナは?」


「ん?」


「リナの心は誰が治してくれるの?」




 見透かされていることに、ぐっと言葉を詰まらせる。蘇芳の水色の瞳は冷静に私を探る。




「リナが自分を犠牲にしてまで聖女の力を使うこと、どうしてそこまでするのか考えたんだ。リナは皆から好かれたいと望むのに、面と向かって想いをぶつけられるとその癖逃げるんだ。それはなぜ?」


「な、なぜって」


「………………怖いの?」


「怖くなんか…………」




 否定するものの、蘇芳の言葉が、逃げていた私に正面から突き刺さる。




「約束だよ。僕にリナのこと教えて。僕は知りたい」


「言えば、きっと嫌われる」




 自分の不安な声が幼くて、私は彼の前で恥じ入った。




「どんなことでも嫌わない。リナは僕を助けてくれた優しいリナであることに変わりはないんだから、大丈夫……………ね?僕の心を覗いたのに、リナを知ることができないのは、フェアじゃないよ?」




 蘇芳の言葉の上達に舌を巻く思いで、私は彼を見返した。




「大丈夫、リナはリナだよ」




 同じように心に傷を負っていた彼なら、私を理解してくれるだろうか?




 唾を呑み込み、私は重い口を開いた。




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