第17話求婚されてるけれど3

「なぜ、だって?」




 ガリッと蘇芳の爪がカーペットを引っ掻いた。




「よせ、現時点では確かにリナ様は殿下の婚約者だ。お前に勝ち目はない」




 ヤトさんが彼を押さえつけたまま、早口で囁く。




 破棄してもいいからと、ライオネル様に説得されて婚約したのは半年前。まだ結婚したわけではないので、私の気持ち次第だと彼は言う。




「クソッ」




 悪態をつき、拳で床を殴り付ける蘇芳の新たな一面に驚かされつつ、今婚約破棄を願い出る雰囲気じゃないなと考える。




「って言うか、え、蘇芳のこと皆知ってたんですか?!」


「はい、リナ様には敢えて知らせていませんでした。申し訳ありません」




 ヤトさんが他人行儀に私へ頭を下げる。




「…………………………僕が知らせないでと頼んだ」


「何で?」


「…………………………………」




 答えず、床に目を落とす蘇芳を見ていたら、ライオネル様が私の手を取りソファーに座らせる。


 そして隣に腰掛けて、私の肩を抱いた。




「リナといたら忘れるところだった。今日はこの者を見に来たのだった。他は下がれ」




 ザッと後ろへ下がった近衛兵達は一礼して部屋を出ていった。ヤトさんが心配そうに蘇芳に視線を送ったが、やはり無言で退出していった。




「蘇芳」




 まだ床に座っている彼の名を呼ぶが、じっと耐えるように動かない。




「………………リナ、我が父には腹違いの妹がいた。赤い髪をした美姫だったそうだよ。その者の母親のことだ」


「え?」


「公爵家に嫁いだが、十数年後夫婦共々事故死した…………とされている」


「それは本当のことを知られるとマズイからですか?」




 私が考えながら慎重に聞くと、ライオネル様は頷いてみせた。




「この者を治療する時に何か見たんだね?ああ」


「やめてください」




 遮るように、俯いたままの蘇芳が声を発した。




「リナには、自分から話します。だからこれ以上は……………」


「赤子だったそなたは知らぬだろうに」


「アマナ様から話は聞いています。それに」




 ゆっくりと顔を上げた蘇芳が、ライオネル様へ水色の瞳を鋭く細めた。




「自分のことを他の者が話すなんてムカつく」


「フン、そんな口が聞けるとは。リナのお陰だな」




 私を引き寄せるライオネル様は、なんだかとても意地が悪い。どうしたら場を取り持つことができるのか困って蘇芳を見たら、目を合わせた彼は一瞬悲しそうに顔を歪ませた。




「いつから、蘇芳のことを知っていたんですか?」


「蘇芳?ああ、ルーファスのことか。私が物心つく頃には知っていたかな」


「そんな前から?なぜ………………いえ何でもありません」




 なぜ助けなかったのかと、口に乗せようとした言葉を呑み込んだ。


 助けなかったんだと分かったから。




 私の言いたいことを分かっているのか、ライオネル様は問いただそうとはしなかった。




「本来なら消されたままの存在だったのだがな。事情が変わったのだ。それで一度顔を見ておこうと思ってな」


「え?あ!」




 両腕で私をしっかり抱き込み、ライオネル様が頬にキスをした。彼が私に触れる度に、蘇芳の表情が固くなり歯を噛み締めているのを見て、わざとだと知った。




「思ったより生意気そうだ」


「あ、あの、ライオネル様」


「現当主のレクスが、今になってこの者を神殿に連れていくとは虫の報せでもあったのだろうな」




「リナから離れてください」




 彼の胸に手を当て距離を開けようとすると、蘇芳がすかさず声を掛けてくれた。




「遅くなりました。お待たせして申し訳ありません」




 部屋の外からアマナ様の声がしてから、ライオネル様は私から腕を離した。


 扉を開けて入って来たアマナ様が、茶器の散らばる床に、ただならぬ雰囲気を感じたのか一旦止まり私達を見回す。




「……………今片付けをさせます。誰か…………」


「わ、私がします」




 助け船とばかりに、ライオネル様の隣から立ち上がり、割れた器を手に取った。




「ごめん」




 何に謝ったのか、蘇芳が隣にしゃがみ私に囁いた。雑に破片に触っていて注意しようとする間もなく、彼の人差し指に尖った破片が刺さり血が盛り上がる。




「あ、血が」




 慌てて指を掴み血が垂れ落ちる前に、口に含んだ。




「ひ、う?!」




 ビクリと固まる彼に構わず、血と小さな破片を、ちゅうちゅうと吸い出し、自らの袖にそっと吐き出す。




「痛くない?破片はもうないかな、蘇芳?」




 指を止血のために強く握り、蘇芳を見上げれば真っ赤になって私を見ていた。そして口を開いては閉じてを繰り返し、やがて呻くように呟いた。




「僕は、リナが分からないよ」





















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