第16話求婚されてるけれど2

「リナ、無理をして寝込んでいたそうじゃないか、心配したぞ。本当は直ぐに会いに来たかったのだが、公務が忙しくて身動きがとれず、こんなに遅くなってしまった。すまなかったな」




「ライオネル様、会いに来て下さっただけで嬉しいです!」




 キラキラと輝く金髪を見ながら、そう返せば「可愛いな」と、また額にキスされる。




「ライオネル様、あの、もう下ろして欲しい、です」


「ん?」




 私を自分の膝に座らせて、腰に腕を回しているのは、いつものスタイルだ。この人は会う度に、ベッタベッタに私を甘やかす。私は19歳なのだけど、こんなんで良いの?




「いいだろう?私はリナが気に入っているんだ」


「はあ、そうですか」




 上品な香水らしきものが鼻腔を擽り、仕方なく安定しやすいように彼の首に腕を回して納まる。




 今部屋には私とライオネル様だけだ。部屋の外には、ヤトさんと近衛兵が控えている。神官達は、外出しているアマナ様を呼びに出ていった。




 そういえば床に転んだ蘇芳は大丈夫だったかな。彼の視線が落ち着かなくて最近接し方に悩んでしまう。




「何を考えているんだい、仔猫ちゃん」




 片手で私の顎を捉えて、ライオネル様は微笑している。キザな仕草も、この人ならサマになっている。でも仔猫ちゃんは恥ずかしい。




「い、いえ、何でもありません」


「気苦労が多いのでは?」




 碧眼に私を映して、ライオネル様は心配そうに聞く。




「大丈夫ですよ 」


「君の聖女の力は、負担が大きすぎる。辛いだろう?」


「そんなことないですよ」




 安心してもらいたくて、にっこりと笑えば、ライオネル様は頬を赤くして顔を近付けてきた。




「………………私なら、君を楽にしてあげられる」


「ライオネル様?」


「聖女となら周りも反対はしないだろう。式は後でもいい」




 ちゅっ、と頬にキスされて、ぼんやりしていたら、耳に息が掛かる。




「君が早く結婚を承諾しないなら、その前に食べてしまうよ?」


「え?きゃ」




 ベロリと首を舐められて、驚いて身を捩る私の後頭部を捕らえてライオネル様が「可愛い、仔猫ちゃん」と囁く。




「あ、や」




 スルスルと背を撫でられて、耳や首に歯を当てられて、小さく悲鳴を上げる。戯れにしても少々度が過ぎる気がする。




「あ、ライオネルさまぁ、も、もう、やぁ」


「その声、可愛い」




 ふふ、と笑われて、私の髪を払ったライオネル様が、耳の後ろの辺りに吸い付いた。




「やぁん」




 涙目になって、なんとか逃げようと身をくねらせていたら、扉がバンッと勢い良く開いた。




「放せ」




 片手に持った茶器の盆を放り投げるように後ろへ無造作に落とした蘇芳が、聞いたこともない低い声音を喉から絞り出した。




 派手な音を立てて割れてしまった茶器に私が驚いている間に、蘇芳が大股で近付き、私に触れるライオネル様の腕を捻り上げた。




「つっ!」


「リナを放せ!」




 堪らず緩んだ腕から抜け出した私が立ち上がると、ライオネル様を突き飛ばした蘇芳が私の腰に手を回して引き寄せた。




「リナ、何をされたの?」




 私の顔やら首やらを、あちこち見回していた蘇芳が、耳の後ろに目を留めた。




「くっ」




 ギリッと歯を噛み締めた彼が、あまりに怖い顔をしてライオネル様を睨み掴みかかろうとするので慌てて間に割って入った。




「ダメよ!」




 ハッとして一瞬動きを止めた彼を背後からヤトさんが押し倒し、続いて近衛兵がなだれ込んで来た。




「だから茶を運びたいなら何見ても冷静にと!ああ、全く!」




 蘇芳の頭を乱暴に押さえつけ、ヤトさんがひれ伏す。




「殿下、大変な失礼を致しました!この者の非礼何卒お許しを!」




 ヤトさんの姿に、私も事の大きさに気付き、同じように謝ろうと座り込む。




「り、リナ」




 唸るように蘇芳が呼ぶが、彼の方を向く余裕がない。


 蘇芳が罰せられるようなことがあったら、どうしたら………




「怒っていないから顔を上げよ。リナもやめなさい」




 皇太子の冷静な声がして、私達が顔を上げれば、彼は蘇芳を見てニヤリと意地悪そうに笑っていた。




「そなたの赤い髪……………セラビ公爵家の隠された子どもだな?なるほど、顔はこちら側に似ている。母親似か」




 捻られた腕を軽く回してから組み直す。




「初めまして、従弟いとこ殿…………それで?婚約者と戯れているだけで、なぜそなたが怒るのだ?」






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