第32話籠の中へと閉じ込められたけど3

 どうこうするわけではないとの言葉の通り、蘇芳は屋敷の中にいる限り、見張りつきだが私の自由にさせてくれていた。私が退屈しないようにとの配慮からか、頼んでもいないのにドレスや菓子や本などが取り寄せられたりもした。




 日中、蘇芳は出払っていることが多いようで、朝慌ただしく屋敷を後にするのを私は自室の窓から度々目にしていた。




 おそらく王宮で、あんな風に公然と私を拐うような真似をしたことを問い質されているのではないかと思う。私の部屋へと他愛もない話をしに来る彼には、どうしたって疲れが滲んでいた。




 散歩がてら屋敷内を歩けば、緩くカーブしている階段を降りた先には玄関ホールがあり、大きな扉へと自然目がいってしまう。




 このまま走って外へと出れば……………




「リナ様、部屋へと戻りましょう」




 その度に見張りの騎士が後ろから警戒を含んだ声をかけてきて、私は頷くと素直に従っていた。




 神殿にいた時よりも変化のない毎日を過ごし、朝と夜顔を見せる彼の、腫れ物に触るような私への態度にも慣れたある夜のこと。




 私は初めて内扉のノブに手を掛けた。言われていたノックはしない。


 そっと力を込めると、扉は音もなく向こう側へと開いた。


 鍵は掛かっていないのではないかと思ったが、案の定あっさりと開いたあちら側の部屋へと、私はゴクリと喉を鳴らすと入っていった。




 灯りはなかったが暗闇に馴れていた目は、ベッドで仰向けに眠る蘇芳の姿を捉えた。


 幸い毛足の長い絨毯が足音を吸収してくれて、彼を起こすことなく、ベッドの脇へと辿り着くことができた。




 傷痕があっても端整な顔には、やはり疲労の色が見え、目元にはどこか憂いが漂っていた。


 私のことで周りから批判を受けているだろうに…………




 痛々しいと感じた。


 自然彼の額に指を持っていきかけたが途中で止めた。その手を布団の間へ滑らせると、彼の胸へと当てる。




「来てくれたんだね」


「あ」




 ふいに腕を掴まれて、目蓋を開いた蘇芳と視線が絡まった。




「もしかしたらと思っていたけど、リナが来てくれて嬉しいよ」


「う、嬉しい?」


「だって、心を知りたかったんでしょう?僕のことを知りたいと思ってくれたんでしょう?」




 掴んだ私の手を、大切そうに自分の胸に置き直すと、蘇芳は再び目を閉じた。




「リナが僕のことを見ようとしてくれるのが嬉しい。だから君が満足するまで心を覗いたらいい」


「いい、の?」


「うん」




 勝手に覗こうとしたくせに、そんなことを聞いてしまうが、蘇芳は全く抵抗するどころか自らを差し出すようにしている。


 だがよく目を凝らせば、ぐっと力を入れて目が閉じられていて、耐えるように引き結んだ唇から言葉を絞り出すようにする。




「恥ずかしいけど…………色んなことを覚えたばかりの僕には、言葉で君に伝えるのには限界があるから。僕の心に直に触れて感じ取れるなら、いくらでも心を見たらいいよ」




 逃げそうになる気持ちを、羞恥を堪えているらしい彼に応えないとと思い直し、僅かな空間のあった彼の胸へと手のひらをピタリと当てた。




「楽に…………できたら」


「無理だよ。これは君の力でも治せない」


「どうすればいいの?」


「………………どうしたらいいかな」




 彼のもう片方の手が腕を辿り、身を屈めている私の頬までくると柔らかくそれを宛がった。




「苦しいものだね、リナ」




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