第25話自分が分からないけれど3
私は眠り続けた。
身体ではなく、心が疲れているのを感じていた。途中幾度か目覚め、少しだけ食事をし、その度に蘇芳の言葉を思い出した。
不思議だった。
私は自分のことも分からないのに、なぜ彼は他人である私にあんなことが言えるのか。
でも、彼の怒りを乗せた言葉が、私の心に沁みていく。
じんわりと留まり、私を安心させる。
とろとろと浅い眠りの中で、孤独を忘れたのは久し振りだった。孤独だと感じていたことも自覚していなかった。
私は望んでいたのかもしれない。ううん、ずっと望んでいた。
誰かに『生きるのを求められること』
「リナ様、起きていますか?」
横になったまま、壁に備え付けられている蝋燭の火の揺らめきを眺めていたら、アマナ様が入って来た。
「アマナ様」
さっきまで握られていた手を、胸の前で合わせて彼女に視線を巡らす。眠っている間、手が熱くなるほど長く握り込まれていたようだ。
それが彼だったと、今は確信できる。
「体調はいかがですか?」
「平気です。私眠ってばかりで申し訳ありません」
「謝ることなど……………」
椅子に腰掛けて、彼女は辛そうな顔をした。
「あなたを襲わせたのは、貴族の男でした。自分の娘を皇太子妃にする為に、あなたが邪魔だったのだそうです」
「…………はい」
そんなことだろう。特に意外なことはない。
ライオネル様は私なんか選んで苦労されているな、と思っただけだ。
「その人は、どうなりましたか?」
「身分を剥奪され、領地は没収されました。あなたが妃になっていたら、更に罪は重いものとなったでしょう」
「そうですか」
「……………リナ様、そろそろ決断できましたか?」
静かに聞かれて、私は口を閉ざした。いつもは答えを先延ばしにしてくれるアマナ様が、畳み掛けるように問う。
「あなたは、帰りたいのですか?それとも皇太子と結婚しますか?」
神殿に残るという選択は、私がライオネル様と婚約した時点で無い。
「私は、帰ろうかと思っていました」
元の世界は、誰も私がいなくても気付かない世界。
だが、この世界では異質な存在だという感覚が消えない。少なくとも、元の世界では私はそこの住人だと感じられる。
それに一度だけでも兄に会いたい。会って、私は…………
「元の世界に、許してあげたい人がいるんです。今どこにいるか分からないけれど、捜して会いに行って、もういいからって言ってあげたくて」
こんなこと考えることからも逃げていたのに、今はそんな願いが口を付いた。
「ライオネル様には、その内断りをいれようかと思っているんですが、言い出しにくくて」
誰かに必要とされるのが心地よくて、私は彼の好意に甘えている。でも命を狙われて、彼との婚姻が周りの者にも影響しているのを理解した。
不甲斐なく醜い私は、受け入れてくれる人がいれば誰でも良かった。そんな軽い考えで困る人がいるなど思わなかった。
恥ずかしい、と思えたら居たたまれない。
アマナ様の顔を見れずにいたら、幼子にするように頭を撫でられた。
「成長しましたね」
「え?」
「こんなことを言えば失礼ですが、以前のあなたは周りの思惑に受け身で、流される立場でした。皇太子との婚約だってそうでしょう?それが、ちゃんと自分の気持ちを言葉に出せるようになってきているではありませんか」
「そう、ですか?」
「ええ」
アマナ様の言うとおりなら、何がきっかけだろう。考えたら、蘇芳を思い出した。
彼の怒りを含んだ言葉が、優しいと思えた時から。
「でもリナ様、あなたは帰りたいと言いましたが、この世界に未練はないのですか?勿論、聖女の力が失せることが惜しいなどではありませんよ。ただ、この世界で、あなたの居場所は見つからなかったのでしょうか?」
「居場所?」
ああそうか、居場所。私がずっと欲しいのは居場所だ。ストン、と腑に落ちた。
私が曖昧で流されて孤独だと感じたのは、他人に居場所を作ってもらおうとしていたからだ。
「居場所を私が作ればいいのでしょうか?」
アマナ様が、目尻に皺を寄せて微笑んだ。
「ええ。今のあなたなら、きっとできるし分かるでしょうね。それに、そういうものは案外近くにあって、見えてないだけかもしれませんよ」
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