第36話世界が闇に染まるけれど2

 馬がようやく一頭通れるかという道幅を疾走する。


 前屈みになってスピードを上げるヤトさんと馬の首に挟まれる形で、ただ振り落とされないようにしていることしかできない。




 道を塞ぐようにしている倒木を馬が飛び越えて、後ろの馬蹄がそれに続く。こんなに1日が長く感じたのは久し振りだ。


 次第に暮れゆく景色に、明日の夜までこの状態が続くのかと不安になる。


 ずっと視線が絡み付いて私から離れないのを背に感じていた。




「しつこい!」




 苛立たしげにヤトさんが唸る。突然片手を上げて合図を送ると、馬の首を返して止まった。


 ようやく顔を上げると、直ぐそこまで追い付いている馬上の蘇芳と彼の護衛騎士が数人いた。




「リナ……………こっちへ」




 手綱を持つヤトさんの両手が、呼び掛けに抵抗するように私の左右を囲う。




「リナ、頼むから!」




 身を乗り出して切迫した表情の蘇芳を、私は無言で見つめていた。




 私は試している。蘇芳ではなく、自分自身を。


 この世界にやって来たことが、アマナ様の言うとおり神の采配なら、私は何の為に来たのか。


 それは試練?救済?それとも…………




「足止めを!」




 ヤトさんが命じれば、私の前に神殿の護衛が進み出て剣を抜いた。ヤトさんを睨みながら、蘇芳達も剣を抜く。




「な………」




 息を呑んだ時には、ヤトさんは馬を操り、先へと促していた。




「ヤトさん!」


「舌噛むから黙って!」




 余裕なく敬語を取り去って叫ぶと、後ろを一度も振り返らずに馬が走り出す。


 キイン、と金属音と怒号が聴こえたが、それも瞬く間に遠のいていった。ドクン、ドクンと自分の心臓が早鐘を打つ。




 蘇芳とヤトさん達がこんな風に対立するなんて、どうして想像できただろう。


 思惑は違えど、全ては私が原因なのだ。




 しばらくして道が途切れて、木々が前方と横を塞いでいる袋小路に着いた。その頃には夜は深くなり、丸みに僅かに欠けた月の明かりに木々が青く浮かんでいた。




「歩きますよ」




 馬から降ろしてくれたヤトさんが右手の柔らかい枝木を手で左右に分けると屈めば通れるほどの空間が先へとあった。2年前、私はここから逆に出てきたところを迎えに来ていた神殿の皆に保護されたのだ。


 私が先にそこへと身を滑らすと、ヤトさんは乗ってきた馬から荷袋を下ろすと肩に掛けて、最後に馬の尻を強く叩いた。


 嘶いた馬が、道を戻って行く。




「ヤトさん、帰りは?」




 広大なここを抜けるには、徒歩ではかなりの時間を要する。




「いや、リナ様、まず撹乱でしょ?ここに馬がいたら追跡されやすくなるから。俺は別にゆっくり帰ればいいんだし、道覚えますから迷いませんよ?」




 言いながら、木々の間を抜けて私の後ろに続く。屈んで枝を避けながら少しずつ進む。


 途中道なき道を右へ左へと何度も進路を変えながら、奥へ奥へと近付く気配を便りに歩いていると、ヤトさんが私を呼び止める。




「ここまで来れば見つからないでしょう。明るくなるまで休みましょう」




 ぽっかりと小さいながらも拓けた空間があって、シートを広げたヤトさんが私をそこへと座らせてくれた。落ち葉が積もっている地面は、ふかふかして座り心地は悪くなかった。


 目立つので灯りになるものは点けず、ヤトさんが隣に腰を下ろす。




「お腹空いたでしょう?」




 荷袋から堅焼きのパンと木筒に入った水を渡される。私を帰すために、あらかじめ準備していてくれたのだろう。礼を言うと、パンを口に運ぶ。素朴な甘さが噛み締める度に口に広がった。




 しばらく二人黙々と食べていたが、ヤトさんが水を一口飲むとチラッと私を見て、直ぐに手元に視線を戻した。




「…………最後に、一緒にいられて良かったです」




 潜めた声が優しくて、夜に溶けていくようだった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る